代表挨拶

本フォーラムを代表いたしまして、設立の背景、趣旨などについてご説明いたします。

量子ICTフォーラムは量子ICT 、すなわち量子情報通信技術の発展と普及に取り組み創造的な社会の実現に貢献するために設立されました。

創造性が豊かで持続可能な社会を実現するためには情報と通信が重要な役割を果たします。様々な場所から収集された大量のデータを処理解析して最適な行動を計算し、アクチュエータで実現するといった物理的な世界と仮想世界を廻る一連の流れによって、資源を効率的に利用する生産性の高い産業、高精度の災害予測や高いセキュリティに守られた安心・安全な社会生活が実現されます。このようなサイクルを推し進めてさらに高度な社会を作り出すには、高感度・高精度なセンサ、高速なコンピュータ、そして遅延が小さくしかも安全性が保証された通信が必要となります。

量子ICTはこうした課題へのラディカルな解決法となります。ここでラディカルという言葉を使ったのは、情報の表し方が従来のビットから量子ビットに変わることによって情報の処理の原理自体が量子力学に基づいた新しいものに変わっているからです。従来の0と1の数で表されるビットではなく、ベクトル的な性格を持つ量子ビットを用いることでまさに次元の違う情報処理を行うことができます。従来の計算機では膨大な時間のかかる問題を高速で解く量子コンピュータや、どんな計算機でも永久に解読できない量子暗号、従来技術の精度や感度をはるかに凌ぐ量子計測・センシングが可能になるとされています。

量子ICTの可能性は1980年代なかばから2000年代にかけて既に知られていたことですが、その実現については長く疑問を持たれてきました。しかし、2010年代に入ると量子暗号鍵配送ネットワークが建設され、現実的な環境下で安定に稼働することが示されました。また、量子アニーリングマシンの商用化や超伝導量子ビットを用いた数十ゲート規模の量子コンピュータが作られるなど、一気に実現への期待が高まってきました。量子ICTはもしかしたら来るかもしれないし来ないかもしれない技術ではなく、いつかやってくる技術と世界的に認識されるようになっています。

このような新しい技術を先行して実用化することは産業的な優位性を確保するために必要です。また情報通信は社会の運営能力に直結し、暗号は安全保障の要です。そのため、アメリカ、中国、EUなどでは巨額の資金を投下して量子ICTの研究開発を加速しようとしています。また、民間セクターでもIBM、Google、マイクロソフト、インテル、アリババ、バイドゥ、テンセントなどの大企業が量子コンピュータ開発に活発に投資をしており、量子ソフトウェアを開発するスタートアップも次々と創業されています。

一方日本では、超伝導量子ビットの発明、量子アニーリングの提案、光格子時計の提案実証、世界最速の量子暗号システムの開発と安全性保証など、世界をリードする研究成果が生まれています。しかし、大規模なシステム実証や実用化では後れを取っているといわざるを得ません。また、どちらかといえばハードウェア開発が重視され、量子的な性質を有効に使うための量子ソフトウェアの研究開発への取り組みも十分であるといえません。とはいえ、我々は日本の研究自体はまだ競争力を保っていると考えています。実際、研究のコストパフォーマンスは世界随一です。そこで、諸外国との研究開発競争を勝ち抜くためには、規模を大きくしていくとともに限られた資源を有効に活用することが必要です。量子ICT フォーラムはそのためのお手伝いをいたします。

私たちは3つの活動を進めていきます。
1つは情報発信であり、2つ目は標準化・実用化の支援、そして3つ目は交流・連携の場の提供です。

例えば量子コンピュータについて、今にもあらゆる計算が圧倒的に高速化されるといったことが語られる一方、大規模化への技術的な問題を強調して無意味だとする意見も出されています。私たちはこのような過度な期待も否定も技術の健全な発展には有害であると考えます。量子ICTフォーラムは科学的に根拠のある情報を発信し、量子ICTの現状、可能性、さらに限界までを正しく伝えていくことで社会のご理解とご支援をいただけるように努めます。
また、量子ICTフォーラムは量子ICTの利用、活用を進めるために技術解説やガイドラインを発行し、参入への障壁を低めます。さらに、ロードマップ作成や技術動向調査を通じて量子ICTの研究開発戦略の立案を助けます。

次に、標準化と実用化の支援についてお話しします。自分たちの技術を国際標準とし、関連した技術を押さえていくことは競争力を強めるために重要となります。既に、量子暗号ではITU-TやISO、ヨーロッパの標準化機関であるESTIを舞台に国際標準化が進められています。私たちは法人化以前から量子暗号の標準化活動に対して技術的な支援を行なっています。先頃、ITU-Tの量子暗号についての初の勧告であるY3800が日本からの提案をもとに採択されています。今後とも量子暗号、さらにこれから始まるであろう量子コンピュータや量子計測・センシングの標準化も支援していきます。
また、量子ICT の応用を考えるとき様々なアイデアを実際の装置で試してみることが重要です。量子暗号では既に東京QKDネットワークが稼働していますが、量子コンピュータや量子計測・センシングでもテストベットの利用ができるような環境を整えるため、装置開発者とユーザの仲立ちをしていきます。

最後に、量子ICTフォーラムは交流と連携の場を提供します。これからの研究開発は基礎研究-応用研究-そして産業化という線形モデルではなく、基礎研究でも応用を意識していくことが必要です。また、量子暗号、量子コンピュータ、量子計測・センシングの領域をまたがった総合的な研究開発が量子ICTの発展には重要です。量子ICT は数学、物理学、電子工学、情報科学、コンピュータ工学、機械学習や量子化学さらに将来は社会科学をも含めた幅広い学問領域に関わっています。このような様々な背景を持つ人々、また、基礎研究と応用研究・産業化、シーズとニーズ、あるいは産官学といった立場の異なる人々、さらに量子暗号、量子コンピュータ、量子計測・センシングの各領域の連携を人材交流の場やワークショップなどを通じて推進していきます。同時に、量子ICTフォーラムは、量子技術教育を支援し、量子ICTに精通し量子ICTを使いこなす人材の育成に貢献します。

量子ICTフォーラムは2001年9月から始まった総務省・NICT と研究受託者の間の連絡会である量子情報通信研究代表者会議を源としています。その後、関連分野や海外との連携を深めるために体制を進化させてきました。
2017年10月、量子情報技術が世界的に注目され、研究開発が盛んになっている情況に対応するため、潜在的なユーザも含めたより広く量子情報技術に関心を持つ人々が参加して、新たな量子ICTフォーラムとして運営を始めました。ここで今後のあり方を議論した結果、より自律的かつ長期的に活動を行うため、一般社団法人として組織体制を整備して行くことが2018年10月に決議されました。以来、準備を進め、2019年5月30日に一般社団法人として登記を行い、本格的な活動を始めようとしています。

フォルムは古代ローマでは人々が集い、あるいは学び、あるいは商売をし、また集会や討論の場ともなった開かれた場所でした。私たちの量子ICT フォーラムもまたさまざまな人が集まり、開かれた技術開発を通じて量子情報通信技術を発展させる創造的・革新的な社会を生み出す場となることを目指します。

量子ICTフォーラム、そして日本の量子技術の発展のために今後とも皆様からのご指導ご支援をお願いして私からの挨拶を終わります。

一般社団法人量子ICTフォーラム
代表理事
富田 章久