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量子ICTが社会実装されるために

量子ICTが社会実装されるために

19世紀の未来予測

日本が技術大国となった礎には、ある一人の天才がいた。日本初の工学士であり、帝国大学電気学科の初代日本人教授として電気学会(会長は榎本武揚)を設立した志田林三郎である。幕末維新を生きた志田は工部省工学寮(工部大学校=東京大学工学部の前進)を首席で卒業後、イギリスに渡り、19世紀の物理学を牽引した巨星ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)から教えを受けている。物理・電気工学・機械工学で世界的な業績をあげたケルビン卿をして、志田は「自分が教えた中でのベスト・スチューデント」との評価を得るほどの才人だった。

志田は帰国後の1888年(明治21年)、電気学会の設立総会において、幹事として歴史に残る名演説を行った。その演説は世界の電気工学の歴史を紐解くことから始まり、「将来可能となるだろう十余のエレクトロニクス技術予測」として、実に的確な未来予測が展開されている。高速多重通信、長距離無線、海外放送受信、長距離電力輸送、電気鉄道・電気船舶・電気飛行機、光利用通信、電気自動記録(録音・録画)など具体的な予測の数々は、電気工学を学び従事する聴衆に大きな希望と勇気を与えた。多くの者が、そこに描かれた未来に共鳴した。我こそがその未来を顕在させるのだ、との思いで研究に勤しんだ。

志田は36歳にして夭逝している。しかし、類まれな才能と熱心な情報収集によるその未来予測、いわば、志田が後人に託した夢は、今日を生きる私たちの社会を支える基盤となっている。そこから幾星霜。奇しくも、志田が学んだ同じイギリスの地で、未来の社会を支える芽が育まれていた。量子暗号通信技術のQKD(Quantum Key Distribution量子鍵配送)である。舞台は東芝の欧州研究所傘下、ケンブリッジ研究所……。

東芝は1991年にケンブリッジ研究所を設立している。初代所長にはケンブリッジ大学教授マイケル・ペッパー(Michael Pepper)を招聘。ノーベル賞候補とも称された教授の下で、優秀な研究者たちが集い、多分野の研究を精力的に行ってきた。5Gが本格到来するにあたって、個人情報や金融取引情報など、極めて機密性の高い情報を安全に伝達できる技術の必要性が増している。そこで、盗聴が原理的に不可能なセキュア通信技術である量子暗号通信には大きな期待がかかる。

例えば、ゲノムデータは最も秘匿性の高い個人情報と言える。ヒトのゲノム情報はおよそ32億塩基で構成されるが、次世代シークエンサーを用いた高精度の解析では、複数人を同時に解析する場合、一度に出力するデータは数百GBを超える。これまでのゲノム研究では、大規模なゲノム配列情報を移送するにはキーロック付きのハードディスクをセキュリティボックスに入れて物理的に運搬してきた。秘匿性の高い大容量のデータの保管と移送には非常に高いレベルのセキュリティが求められるが、QKDが社会実装されれば、こうした課題を解決できると期待されている。

東芝再生の“カギ”

東芝は2000年に単一光子検出器の開発に成功したのを皮切りに、2003年から量子暗号通信に関する基礎研究を開始。2010年に50kmの光ファイバーを使って当時世界最高速となる毎秒1Mbpsの量子暗号鍵配信を達成したことで、研究リーダーのアンドリュー・シールズ(Andrew J Shields)が2012年に社内表彰の最高の栄誉「田中久重賞」を受賞している。ちなみにアンドリュー・シールズはフルマラソンを約3時間で走る猛者。研究姿勢も極めてストイックと言われている。2014年には首都圏に既設の45㎞の光ファイバー上で暗号鍵を送り、34日間の連続安定稼働に成功。2018年には鍵伝送距離の長距離化と配信速度を高める新方式「ツインフィールドQKD」を考案し、世界で初めて、これまで限界と考えられていた距離を上回る、500km以上の通信を可能にしている。

元は半導体技術をベースに基礎研究から手がけてきた量子暗号通信技術は現在、順次日本の本社に移管され実用化が目前だ。社内では、「研究所発技術の事業化の成功例になる」との期待がかかる。その期待は、2019年の東芝の中計「東芝Nextプラン」にて、QKDをリチウムイオン二次電池「SCiB」や鉄道などのパワーエレクトロニクス、miRNAチップや日本人ゲノム解析ツール「ジャポニカアレイ」などの精密医療と同じ、新規成長事業の一つと位置付けられるほど。社長の車谷自ら「世界のデファクトを目指す」と宣言している。

こうした東芝の勢いを業界では高く評価する声が多い。ある企業幹部は「東芝さんはすごい。他企業が中央研究所を閉め、研究継続を諦めたときに、あそこだけは研究をこつこつ続けてきたから今がある。当社があれをやっていれば……」と羨望の眼差しを向ける。NICTの佐々木雅英は「東芝さんがテレビCMを最初に打ったおかげで、業界全体に勇気が出た。量子ICTの世界を加速させる端緒を開いた」と敬意を表する。

しかし、今日に至る変遷には、研究者とマネジメント陣との幾多のやりとりが重ねられ、時には危機があったという。長年マネジメントとして技術開発を所管してきた量子ICTフォーラム副代表理事の斉藤史郎(東芝特別嘱託)は、長期間の安定運転や鍵配信距離・速度で世界記録を更新するなど、名実ともに量子暗号技術開発のトップランナーとなった今日までの変遷を振り返り、「ケンブリッジ研究所の頑張りを称えたい。彼らが研究をずっとやってきて『Nature』や『Science』などのジャーナルに論文が載るようになり、社内でも『これはいい技術だ。いい研究テーマだ』ということが少しずつ認知されてきた」と語る。

斉藤は長年、東芝のCTOを務めてきた。現在は志田が興した電気学会の会長(107代会長)でもある。

「今でこそ、量子ICTにかける期待は大きくなり、東芝としても社長の車谷が明言するほど次世代を担う立ち位置になったが、少し前まではそうではなかった。東芝を再生させるにあたって、各事業を整理する際、当然量子暗号通信技術も遡上に登った。技術は素晴らしいが、活用できる場がなかったら企業としては意味がない。そうであれば、特許や論文は持っているので、研究そのものを止めてしまって、どこかに売ろうかという意見がなかったと言えば、嘘になる」(斉藤、以下同)

しかし、アンドリュー・シールズたち現場の研究者は「ずぶとかった」(斉藤)という。当然苦しいタイミングはあった。予算もカットされた。それでも、ケンブリッジ研究所の研究者たちは逆に実現した暁にどれだけの可能性が開けるかを熱心に説いた。斉藤曰く、「その辺は日本人よりも上手だった」という。日本にいる研究陣も期待に応えた。最終的には、マネジメントも「量子ICTこそ東芝が手掛けなければならない」と応じ、社内が一丸となった。現在、製造業の雄、東芝の再生を担う重要な“カギ”として量子鍵配送には次代のコア事業としての大きな期待が寄せられている。

しかし、ここで疑問が起きる。東芝ほど数多の研究を手掛ける企業で、一技術にすぎなかった量子ICTが20年以上の年月を生き延びてきた理由は何なのか。「あの東芝が……」と世間に驚きをもって受け止められた事件や巨額損失など数々の危機の中でも、量子ICTがここまで育った理由を、はたして研究者たちの努力という点にのみ還元してよいのだろうか、と。

研究者としての矜持

その答えは斉藤に話を聞くうちに見えてきた。

「私はずっと研究者だったので余計にそうなのだが、座右の銘を聞かれると『継続は力なり』と答える。よく言うのだが、執念は持つべきだが、あまり執着してはいけない。一つのものに執着し過ぎると、周りが見えなくなるから良くない。しかし、何かをやろうという思いは研究者にとって大切である。特に企業の研究者は、それを実際に製品として世に出さなければいけない。それが仕事である。そういったことは、研究所の所長の時は、常に研究者に言ってきた。ただ、本当に可能性のある技術であるならば、それを長い目で見守ることも重要だ」

東芝の研究開発の基本は、「メガトレンドに絡む社会課題をいかに解決するか」と言われている。どれだけ苦難の歴史を経ようとも、組織面で事業の種を生み出す基礎研究から、事業化してからも生産性や保守技術の向上を追求する研究開発まで一貫して技術提供ができるように、海外の研究所も含めた体制を構築し続けてきた。日本を代表する企業としてのこの矜持が、今も途絶えることなく息づいていた。だからこその今なのだ。

QKDが辿ってきた変遷をそう語った斉藤は自らも研究者としてのキャリアを歩んでいる。1982年に東芝入社後、研究者として17年研究に没頭し、その後マネジメントという道を歩んでいる。元々医療関係に興味があった。大学の学部では太陽電池の研究をしていた。ホウレンソウの中にあるクロロフィルの色素を抽出して素子を作り、陽の光を当てて電圧を発生させる研究に従事していたという。修士の時には次世代の原子炉といわれ、液体金属ナトリウムが冷却材で使われた高速増殖炉に関わっていた。茨城県にあった動力炉・核燃料開発事業団(略称:動燃)で、ナトリウムの中にマイクロフォンを浸けて、ナトリウムが沸騰した時の音を検出できるかどうかという研究していた。その音は、人間の耳では聞こえない超音波である。

その頃同じ研究室の同期が、妊婦のお腹にマイクロフォンを当てて、胎児心音が聞こえるかどうかという研究をしていたのを横目で見ながら、斉藤は医療関係の研究開発が面白そうなのでやりたいと思ったそうだ。それで、その分野のトップ企業である東芝に入社し、超音波診断装置に使われる超音波プローブの研究・開発に従事したのだと言う。

一見、研究テーマに関連性がないように思えるが、研究はある物理量からある物理量へ変換するという意味で関わりがあった。太陽電池は、太陽エネルギーを電圧に変換する。高速増殖炉は、超音波という音を電圧に変換する。超音波診断装置も、電圧を加えて超音波に変換して、体の中から返ってきた超音波信号をまた電圧に変換する。つまり、変換装置の研究という点で繋がりを持っているのが斉藤の研究者人生だ。しかし、苦労は絶えなかったという。

「超音波診断装置の超音波プローブというのは、いかに初期の病気を見つけることができるかに紐づくので、一般的な言葉で言えば感度が高いものを作らなければいけない。これは永遠の課題である。よくある話だが、研究所で作ったものを事業部に持っていっても、すぐに『こんなものは駄目だ』『信頼性がどうだ』『コストがどうだ』と言われる。その繰り返しである」

斉藤自身が研究者としての苦労を身をもって知っているからこそ、中長期の視点で研究開発を見守ってこれたのかもしれない。実際に、量子ICTフォーラムでも「社会実装は長い目で見る必要がある」と語っている。以下は斉藤とのやりとりだ。

斉藤(以下同):新しい技術がある程度時間がかかることは、それなりに認知されている。もちろん早ければ早いに越したことはないが、耐えなければいけないことは、皆さんが感じていると思う。

私は電気学会の会長でもある。今でもそうであるが、電気学会もできた当初は普及のために色々な教育などを行っていた。そういった活動を積み重ねながら、今133年の歴史を刻んでいる。量子ICTもメリット・デメリットがあるが、可能性を認知してもらいながら、少しずつ広めていくことが、量子ICTフォーラムの重要なミッションではないか。その社会的使命は大きい。

例えば、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの影響で行動変容が求められる昨今、創薬のための分子設計がいち早く求められるようになっている。アオカビから世界初の抗生物質であるペニシリンが、セイヨウイチイの樹皮から抗がん剤であるタキソール(パクリタキセル)が、というように自然から多くの薬が発見された前世紀から今日に至ると、人間がデザイン(分子設計)した薬が開発されるようになっている。ただ、分子シミュレーションには膨大な計算を必要とする。この膨大な計算の高精度な近似解(良解)を短時間で得ることが、社会をアップデートさせるのに必須である。

いや、創薬だけではなく、物流経路の最適化、金融ポートフォリオの最適化、産業用ロボットの動作の最適化など、社会、産業システムにイノベーションを起こすための課題の多くは、膨大な組み合わせパターンの中から、最良のものを導き出す「組み合わせ最適化問題」の解を紐解くことが求められる。

これらは従来のアプローチでは解くことが困難を極める。いち早く解を導くことや扱える問題を大規模化するために、いま量子ICTに大きな期待が寄せられているのだ。

量子ICTの社会実装

―ビジネス化・実用化・社会実装について語っていただきたい。ビジネス化までのグラウンドデザインをどのように考えているか?

今年2020年は我々の認識では、事業化元年と捉えている。量子ICTフォーラムができて1年経ち、徐々に展開を広げつつある今は時を得ている。ここから更に加速させていきたい。しかしどの分野でもそうであるが、会社の中で新しい事業を行うことは難しい。東芝も苦労している。現状では、まだ量子ICT専門の事業部はない。また、必ずしも最初から市場があるわけではない。全く新しい分野であり、現状では市場がないので、この先事業化を実現していく難しさに直面していくだろう。

―QKDなどは社会実装が近い分野だ。

そうである。QKDが社会実装できた暁には、社会を大きく発展させるものであることは間違いない。5Gが本格到来し、個や社会の価値観が劇的に変容しつつある今日、サイバーセキュリティの重要性は劇的に増している。量子力学の原理に基づいたQKDは、あらゆる盗聴や解読に対してセキュア通信を実現する技術として期待が非常に大きい。一方で、量子暗号通信技術による鍵配信速度は現時点で最大でも10Mbps程であり、全ゲノム配列データのような大規模で秘匿性の高いデータ伝送の活用には課題がある。

我々は現状を見据えた上で、量子ICTフォーラムとして長い目で業界を支援していかなければならない。

―東芝としてQKDの実用化をどう考えるか?

社内でもどういった所で活用可能かの議論をしている最中だ。東芝としても、政府からの案件を皮切りに、認知度を少しずつ上げながら、5Gが広がる中で量子はもっと使える場が出てくるという期待を持っている。2020年6月決算発表で社長の車谷が2035年の市場規模は2.2兆円になると言っていた。その手前になるか。なかなか難しい。実際に社内で量子ICTに賭ける期待は、今は相当上がってきている。今は事業化にきちんと結びつけることが重要だ。政府関係のどこかに1点を納品して終わりでは発展がない。そういうところで使っていただくことはもちろん重要であるが、それでは採算が取れず、事業とはならない。

今後しっかりやらなければならないことは、標準化がとても重要である。特にヨーロッパはデファクトに長けている。我々もイギリスに拠点があることはいいことだと思っている。そういったことをうまく利用しながらやっていきたい。

―会社としては半導体や原発などコア事業が変わってきている。そういう中で量子ICTは東芝としての次世代のコア事業として見ているのか?

そういう可能性のある候補の一つとしてQKDは挙がっている。

―越えなければいけない壁は何か?

やはり、本当に役立つのかということだと思う。東芝では、東北メディカル・メガバンク機構ToMMoと連携して仙台にゲノムの解析センターと7㎞離れたある場所に光ファイバーを敷いて、量子暗号通信の実証実験を行っている。それは外側にファイバーが出ているので、例えば台風が来たりすると外乱が生じてあまり信号が通らないということなどを色々工夫しながら乗り越えてきている。PoCではないが、実験を積み重ねながら可能性は見えてきている。

今は東芝から離れてしまったが、NAND型フラッシュメモリーという不揮発性のメモリーが、今はとても大きな市場規模である。当初は12~13年ぐらい、ずっと赤字だった。ある時期から、例えばデジタルカメラなどの新しいものが出てきて、不連続的に成長していった。

もしかしたら、量子ICTでもそういった発展や成長が起きるかもしれない。今想定できていないところで、不連続的に成長していく可能性があるのではないかと思う。サイバーテロへのリスクを勘案すると、QKDの必要性が高まってくることは間違いない。

―量子ICT全般で見ると、量子コンピュータなどはまだまだ時間がかかりそうだ。

そうである。ただ、事業という意味では、量子コンピュータそのものではないが、様々なスピンオフが期待できる。例えば、シミュレーテッド分岐マシンが、金融の裁定取引に応用される可能性が昨年からマスコミで取り上げられている。瞬間的に起こる為替変動を超高速で計算することによって、儲かる瞬間を発見するというものだ。それこそ東芝でも社内の研究者がずっとやっていたのだが、ここにきてクオンツ(数理分析専門家)を採用した。そういった全然違った分野の人に参画してもらって、新しいところに踏み出す段階に来ている。

量子コンピュータそのものではないが、量子コンピュータの研究者が開発したアルゴリズムを使っていることを考えれば、量子ICTの社会実装はその過程で様々なスピンオフが期待できる。

今後のミッションは?斉藤:あまり考えていないが、まだ研究者としての気持ちがないことはないので、何か場があればやってみたい。

量子ICTフォーラムへの期待

―量子ICTフォーラムへの期待は?

量子ICTフォーラムは、産官学のプレーヤーが垣根を越えて一堂に会する場として機能できる。期待はとても大きい。しかし、量子ICTは現状ではAIに比べると、研究者の数が少ない。東芝がもともと強かった半導体よりも少ない。ただ、少ないからこそ、様々な関係者の叡智を結集できる余地があるとも言える。企業同士だと、やはり事業があるのでコンペティターになる。しかし、量子ICTはまだまだ成長発展段階だ。そういう意味では、参加企業あるいは研究機関も含めて、今はかなり本音の話ができる時間だと捉えている。参加者同士がお互いの情報や課題を共有し、切磋琢磨し、量子ICTの発展を牽引できる場として量子ICTフォーラムを機能させていきたい。

私が量子ICTフォーラムに参加して思うのは、量子ICTに関わる人は、思いの強い、情熱のある方たちだということだ。ずっと研究をやりたいという人、事業にしたいという人、いい意味で良い人たちが集まっている。QKDや量子コンピュータ、センシングの各委員会に参加している方は一人ひとり違う組織に属するのだが、その組織の垣根を越えて色々な情報交換ができやすいことも量子ICTフォーラムの特長だ。学会などでも、競合の会社であっても研究者同士で話をする。それに近いところがある。量子ICTは黎明期よりは少し進んでいるかもしれないが、まだ立ち上がりに近い段階なので、色々な立場の人が情報を持ち寄って議論をするのにちょうどいい場ではないかと思う。

―会員になると、希望すればそれぞれの委員会に所属することができて、そこで情報を得、議論を闊達に行うことができるということか。どういった情報にアクセスできるのか?

何かを事業化するにしても、絶対に1個や2個の技術でできるわけではない。各社が持っている技術が、それぞれを補完し、一緒にやっていくという意味では、量子ICTフォーラムが持っている情報源は貴重だと思う。必要であれば、ぜひアクセスしてほしい。

―課題は?

最初も言ったように、今、ちょうど量子暗号は事業化元年と位置付けて、会社の関係者もそういう共通認識を持っている。そろそろ実際に役立つものを世の中に投入しながら、世の中に問うていき、広げていきたいと思っている。その中で、量子ICTフォーラムでも共有して、「実はこのようなアプリケーションがある。このようなアルゴリズムで高速化できる」ということがあると、もう少し発展していくのではないかと思う。

また、こういう新しい領域は、やはり人材育成が重要だと思う。参画している学生、大学の先生、国研の研究者などがいるが、実際に事業にするのは企業である。そういった人たちが、こういった会社で働いてみたいと思ってもらう場として機能すると、参加する企業にとってはありがたい。

来たれ!若者たち

―若者にもより多く来ていただきたいと?

そうである。大学の運営費交付金が減って研究者を抱えることができず、大学自体の経営が難しくなることが結構ある。毎年、ノーベル賞を取った方が、もっと基礎研究に人も金もやるべきだと必ず言う。

個人的にも、若い人と話をしながら自分も学ぶことができるし、自分が学んできたことを伝えていきたい。

―確かに、量子ICTフォーラムに若者たちが参画すれば、副代表をはじめ業界を牽引する方々が集っているのだから、各自の知見を承継していく機会になると素晴らしい。

そうである。ただ、私の話もいいが、マネジメントの立場でいくと、逆に研究者が「こういったアイデアがある」と私に話をしてくれると嬉しい。例えば、東芝では研究所の中で毎年成果発表会や半年に一回ポスター発表会を行っている。ポスター発表会は会社から与えられたテーマではなく、自分が思っていること、考えていることを、玉石混交でいいから、上司の承認も要らず研究所のトップと話をする場である。参加する研究者の目は輝き、聞く側の私としても毎回とても楽しみにしている。

量子ICTフォーラムでも、ゆくゆくは自分のアイデアを発表してくれる機会があると、活性化するのではないだろうか。

―読者に量子ICTフォーラムに参画してもらうためのメッセージを。

期待される将来の新しい技術なので、参加すると発見があると思う。量子ICTフォーラムで得た情報をベースに新しい提案が生まれる可能性は高い。個々の要素技術もそうであるし、アプリケーションもそうだと思う。ぜひ一緒にやろう。それだけ期待ができる場であるし、政府もAIとバイオと量子と言っているではないか。

私も政府の有識者会議に出たことがあるが、実は東芝は全部に関わっている。量子ICTは立ち上がりの状態である。AIは50年ぐらいの歴史がある。バイオもmiRNAによって99%の確率で13種類のがんが分かるという技術を発表した。このように、将来の楽しみな技術の一つが量子である。量子ICTフォーラムには色々な会社の人がいる。東芝がいることで、AIやバイオの知識も入るかもしれない。それらが融合することによって、また新しいアプリケーションが見えてくる可能性はあると思う。

色々なバックグラウンドを持っている方、業界の方、産業セクターの方に入っていただき、自分の業界の知見などを共有していただき、量子ICTの世界を一緒にアップデートしていこう。

仕事のキャリアにおいて一番楽しかったことは何か?斉藤:やはり研究しているときは楽しい。実際に作ったもので人間の体の臓器が見えた瞬間。「結構、心臓がきれいに見えるな」、「心臓に流れている血液がきちんと見えるな」という、モノを作り出した喜びは、今も色褪せることなく、私の心に残っている。

量子コンピュータの心臓部、量子ビットは超電導状態を保つためにケルビン卿の名を冠した絶対温度の冷却装置に覆われている。それはさながら、ケルビン卿から志田、志田から後人の私たちに託された未来への期待が今日も息づいていることを暗示しているかのようだ。

0ケルビン(K:マイナス273°)の揺りかごに包まれて、量子コンピュータは志田が描いたように、夢のある未来を私たちに見せてくれる。しかし、今回共鳴するのは、今を生きる私たちだ。さぁ、一緒に新しい未来を始動させよう。(取材・構成:加藤俊 / 撮影:古寺正樹)


本稿を読み、量子ICTに興味を覚えた方はぜひ参画いただきたい。量子ICTは文明を大きく前進させる技術だ。企業の方であれば、自社の持続的発展を考えるだろう。技術革新が起きる時、そのツールを使いこなせないことがどれだけのハンデとなるかは語るまでもない。いわば、自社の未来を左右する技術を知る機会を量子ICTフォーラムで持てるということだ。研究者であれば情報交換を、学生であれば、量子ICTは私達が一般的に想起する近未来のイメージを顕在化させる技術だ。未来を手繰り寄せる技術の数々はきっと貴方をワクワクさせるだろう。文明を大きく前進させる一歩を共に踏み出そう。

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