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小型光通信衛星で宇宙通信網のインフラ構築へ

小型光通信衛星で宇宙通信網のインフラ構築へ

2020年3月23日、内閣府において第4回宇宙開発利用大賞の表彰式が行われた。これは、宇宙開発利用の推進に多大な貢献をした成功事例の功績をたたえるもので、最高賞となる内閣総理大臣賞は、「小型光通信装置SOLISS(Small Optical Link for International Space Station)による宇宙通信インフラ構築への貢献」が受賞した。国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)と株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の共同研究事例である。その3人の受賞者の中の1人が、ソニーCSLの岩本匡平である。

<目次>

  • 高速・大容量、しかも盗聴・ハッキング不可能
  • SFの世界が現実になる
  • 電波から光へ、次世代の通信技術
  • 光による通信がクリアするべき技術的課題
  • CDプレーヤーの技術が生かされた小型光通信装置「SOLISS」
  • 通信衛星は最先端技術ではなく古い技術の塊だった
  • ISSへの物資輸送という機会を捉え、早期の軌道上実証試験を実現
  • 標準化に向けた3つ議論
  • 社会インフラとしてリアルタイムで衛星を利用できる世界の実現を目指して
  • 課題から解決方法を見つけるのではなく、解決するべき課題づくりを切磋琢磨していく場

高速・大容量、しかも盗聴・ハッキング不可能

電波を利用してきた従来の衛星通信は、今日、さまざまな課題が浮き彫りになっている。その課題を一気に解決するといわれているのが、レーザー光を利用した衛星通信である。岩本らの研究では、高精度化、小型・軽量化、低コスト化を図った光衛星通信装置の実証が高く評価された。

光衛星通信が実用化されてネットワークが構築されれば、地球上の至るところで高速・大容量のインターネット通信が可能となる。アジアやアフリカの一部地域のように、インターネットの環境が十分整備されてないところでは、新たに光ファイバーケーブル網や基地局を造らなくとも、人工衛星によるインターネット通信網を構築できる。さらには、移動している航空機・自動車・鉄道車両などともネットワークを形成できる。交通機関を利用しながら高速・大容量の回線を使うことができるのだ。

しかも、光通信は盗聴やハッキングが不可能とされる量子暗号で守ることができる。光衛星通信の実用化と量子暗号の実装によって、まさに鉄壁の守りで固められた高速・大容量の通信インフラが、宇宙空間と地球上に張り巡すことができるのである。これはSF小説の中の話ではない。近い将来に実現するであろう現実世界の話である。

SFの世界が現実になる

ある科学技術の着想を最初に得るのは、必ずしも科学者であるとは限らない。

1950~1970年代に「SF界のビッグ・スリー」と称されていた作家がいる。ロバート・A・ハインライン、アイザック・アシモフ、アーサー・C・クラークである。彼らはまさに未来の科学技術の着想を得て、発表していた。

ハインラインは小説の中で、自動掃除ロボット、携帯電話、動く歩道、太陽光パネル、パワードスーツなど、未来に実用化されることになる数々の発明品を登場させている。アシモフが小説の中で書いたロボットの倫理規則は、現代のロボット工学三原則となっている。

代表作『2001年宇宙の旅』で知られるクラークは、赤道上空3万6,000kmの円軌道(静止軌道)に機体を打ち上げ、宇宙空間から電波を送って全世界に通信網を構築するという通信衛星のアイデアを1945年に発表している。

通信衛星の第1号は、1960年8月にアメリカが打ち上げたエコー1号だが、表面をアルミ箔で覆い、地上からの電波を反射させるという単純な原理によるものであった。翌1961年7月、ジョン・F・ケネディ大統領が「宇宙通信に関する大統領声明」を発表、「全ての国が参加できる単一のグローバル通信衛星システムを実現させよう」と演説し、その後、開発は一気に加速した。

1963年、日本では茨城県に宇宙通信実験所が開設され、11月23日に日米間で初めてテレビの衛星中継の伝送実験が行われた。この時、ケネディ大統領から日本国民にメッセージが送られる予定であった。しかし、実際に届いたものは、ケネディ大統領暗殺という衝撃のニュース映像だった。

電波から光へ、次世代の通信技術

その後、急速に普及していった衛星通信であったが、次第にさまざまな問題に直面していった。

最も深刻な問題は、電波が石油や鉱物と同じように「限られた資源」であるという点だ。電波は目に見えないので無制限に使えるように感じてしまうが、そうではない。電波とは電磁波の一種で、3kHz~3THzの周波数のものをいう。つまり、使える範囲が限定されているのだ。この周波数の範囲で、通信衛星の他に、ラジオ、テレビ、携帯電話、船舶・航空・消防・警察の各種無線など、さまざまな用途で使われ、既に逼迫している状況なのだ。

また、電波は波長帯によっては拡散する傾向があるため、受信側に入るエネルギーは出力のごく一部となり、ロス率が高い。反面、要求されるデータ伝送速度は飛躍的に高まっていく。例えば、2007年に発売された初代iPhoneは8GBだったが、2020年発売のiPhone 12 Pro Maxは512GBと、64倍になっている。伝送効率が向上しないと、今後も要求され続けるであろう大容量通信には対応できなくなる。

こういった問題を解決してくれるのが、レーザー光を用いた通信である。

前述のように電波は混信を避けるため用途によって周波数などの制限をする必要がある。その点、レーザー光は電波ではなく近赤外線の光の波長帯を用いるため直進性が高い。そのため混信の心配は極めて少ない。したがって電波のように用途が増えたからといって使える帯域が逼迫することもない。さらには、出力するエネルギーに対して受信効率も良く、大容量の高速通信に望ましい通信媒体である。

しかも光は、人類史上最強のセキュリティー技術といわれている量子暗号通信において利用されている媒体である。逆に、量子暗号通信をするのであれば、光通信を採用せざるを得ないということが究極の答えになっているほどだ。まさに次世代の通信技術である。

光による通信がクリアするべき技術的課題

しかし、光による通信を実用化していくには、幾つかの技術的課題をクリアしなくてはならない。その中でも最も基本的なものは、直進性ゆえに生じる課題だ。全方位的に広がる電波であれば、どこに基地局があっても受信できるが、レーザー光はピンポイントで的に当てる必要がある。送信側と受信側の距離が広がるほど、難易度が増してくる。しかも、その的が動いている場合もあるわけだから、高度な技術が要求される。

もう一つの課題は、量産化である。光衛星通信を社会インフラとして使おうとすると、人工衛星を量産しなければいけなくなるのだ。ところが現在の人工衛星は、そもそも用途が限られているため、一個一個が特注品であって、量産は前提となっていない。しかも、これまでの衛星は大型だ。大型衛星を作るには3年程度以上かかるため、莫大なコストがかかる。光衛星通信の社会インフラ化を目指すには、衛星の小型化・低コスト化が絶対に必要になってくるのだ。

また、小型化するとエネルギー効率も重視される。人工衛星は太陽光を電気エネルギーに変換して稼動している。大型衛星であれば大きな太陽光パネルを搭載できるが、小型衛星ではそうはいかない。小さな太陽光パネルから得た電気エネルギーを効率良く使っていく必要があるのだ。

このような光衛星通信の技術的課題を解決し、実用化への道筋を見いだしたのが、岩本らの研究であった。

CDプレーヤーの技術が生かされた小型光通信装置「SOLISS」

JAXAとソニーCSLが共同開発した「SOLISS」は、レーザー光を用いて人工衛星間や地上との大容量データ通信の実現を目指す小型衛星光通信実験装置である。宇宙に関する事業といえばJAXAが手掛けることは理解できるが、なぜソニーが参画するようになったのか。

1982年10月1日、ソニーは世界初のCDプレーヤー(CDP-101)を発売した。CDは盤面のナノメートル単位の溝に刻まれた微細な凹凸にレーザー光を照射し、ディスクからの反射光の強弱によってデータを読み込み、音や映像等に変換している。盤面が回転で振動してもそれを追従してデータをピックアップできる極めて精緻な光ディスク技術と、家庭用のCDプレーヤーの量産化を実現した製造技術を応用し、衛星光通信の社会実装を実現できないかと、JAXA宇宙探査イノベーションハブに提案したのであった。

宇宙探査イノベーションハブとは、JAXA全体に宇宙探査に係る研究の展開や定着を目指して2015年に発足した、さまざまな異分野の人材・知識を集めた組織である。今後求められてくる人工衛星の量産化において、ソニーが既に量産化の技術を持っている光ディスク技術は大いに期待できた。2016年からJAXAとソニーCSLとの共同研究がスタートし、岩本はソニーCSLの社員とJAXAの宇宙探査イノベーションハブの主幹研究開発員を兼務することとなった。

そして、2020年3月5日、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに設置した「SOLISS」と、約1,000km離れた情報通信研究機構(NICT)の宇宙光通信センター内光地上局(口径1.5mの望遠鏡)との間で、双方向の光通信リンクを確立した。

さらに、同年3月11日には、イーサネット経由でハイビジョン画質のHD画像データの伝送に成功した。小型衛星用の光通信機器が、イーサネットによって双方向通信を実現したのは世界初となる快挙であった。

イーサネットとは、一般的に使われているLAN(ローカルエリアネットワーク)で最も使われているネットワーク通信規格である。今までは衛星と地上が通信するために大規模な専用装置が必要であったが、今後は世の中で汎用的に使われてきた規格に準拠する様々なデバイス間の通信の可能性が示されたこととなる。将来、宇宙と地上が光によるネットワークでつながる上で、画期的な成功事例といえよう。

このような業績により、3月23日、第4回宇宙開発利用大賞の最高賞となる内閣総理大臣賞が授与された。また、10月1日には、企業の技術と公的機関のリソースを使用したスピード感のある実証への手法が高く評価され、日本デザイン振興会が運営している「2020年度グッドデザイン賞」も受賞した。

「SOLISS」の研究・開発を通して、今回、研究者として大きな実績を打ち立てた岩本に、これまでの経緯や今後の展望について聞いた。

通信衛星は最先端技術ではなく古い技術の塊だった

尊敬する人物はエルンスト・アッベ。ドイツの光学の物理学者で、波長ごとの屈折率の違いの度合いを表すアッベ数は、彼の名に由来している。顕微鏡の職人であったカール・ツァイスの町工場を手伝い、顕微鏡の技術向上に寄与し、世界的な光学機器メーカーのカール・ツァイス社の発展に貢献した。かといって億万長者になるわけでもなく、新たに設立した財団に当社の株式をすべて譲渡、社会の公器としていった。また、労働環境の改善に関しても大きな役割を果たした。単に優れた研究をするのではなく、いかに世の中のためになることができるかだ。彼に少しでも近づけるように日々努力している。

―光衛星通信の研究に携わるようになった経緯を聞かせてほしい。

高校生のときに読んだ技術系の雑誌で、光コンピューターというキーワードを知ったことがきっかけだった。「今の電子計算機には限界があり、それを突破するには光にしないといけない」という趣旨の話が書かれていた。コンピューターが好きだった私は、「これは面白い。これがやりたい」と思った。それで大阪大学に入学し、一岡芳樹先生の研究室で光情報処理や光通信の研究をし、博士課程を経てソニーに就職した。

2012~2013年、ソニーの研究所で新規プロジェクトを立ち上げるために、私はサンフランシスコに赴任した。サンフランシスコはベンチャー企業が集積していたことから、スタートアップ企業も含めて、さまざまな方と話をしていた。

あるとき、『MIT Technology Review』という技術雑誌で、人工衛星がどんどん小型化され、とても身近なものになるという記事を見つけた。私たちにとって宇宙は縁遠いところだったのでいろいろ調べていくと、実はわれわれのオフィスのほど近くにその拠点があった。今は世界的に知られる企業になっているPlanet社だ。既に当時、超小型人工衛星のコンステレーション(複数の人工衛星を協調させて機能させるシステム)を行い、3カ月で10基の衛星を製造して打ち上げていた。

私たちがまだ光衛星通信の構想を考えていない時期に、サンフランシスコ市内のレンガ造りの建物の1階にオフィスと超小型衛星の開発の拠点があって、そこで世界で最も多くの衛星を製造して運用までしていたのである。私たちはそのようなことも知らずに街中を歩いていたわけだ。ここまで身近なのかということに衝撃を受けた。そして純粋に「これはとても面白い。私もこれをやりたい」と思った。

―人工衛星について研究するようになって、率直にどう感じたか。

人工衛星と聞くと、何となく最先端の技術の結晶が宇宙を飛んでいるイメージを持つ。しかし、実際は逆説的な言い方になるが、古い技術の塊なのだということが分かった。

大型の衛星を製作するには、構想から5年程度を要する。運用期間が15年ぐらいだとすれば、今、宇宙で使われている衛星は約20年前の古い技術の結集なのだ。地上では、20年も前の技術を使っているものは多くない。「時代遅れだな」というのが最初の印象だった。

例えば、最近定着しつつあるIoT(Internet of Things)は、インターネットとモノがつながることで、リアルタイムでいろいろなサービスを展開することができる。スマートフォンでも、日常的にさまざまな情報をリアルタイムで得ることができる。

このような地上のサービスに対して、衛星はリアルタイムとはかけ離れた存在なのだ。地上局に近づかないと通信できないし、そのタイミングもなかなか難しい。人工衛星が撮影した画像をリアルタイムで見られるわけではない。サービスの観点からは「一体、いつの時代の話をしているだろう」というぐらいに遅れてしまっている。

複数の人工衛星をつなぎ、地上のインターネット網に接続したら、全然違う世界ができるはずだ。それをなぜやらないのかというと、通信が問題なのだ。この問題を解決するためにはどうしたらいいのかと考えていたときに、もともと学生時代から光の制御などを研究していて、何となく光が最高の媒体だと刷り込まれていたこともあって、「光でできないかな」ということがぽんと頭に浮かんだ。

ISSへの物資輸送という機会を捉え、早期の軌道上実証試験を実現

―どういった経緯でJAXAと共同研究をするようになったのか。

大阪大学の学生時代に、初期のCD開発に携わっていた伊東一良先生から、CDがデータを読み取る高度な技術に関する話を聞く機会があった。そのときの内容が印象的だったので、頭に残っていた。光による衛星通信を考えたときに、このCDのレンズを制御する技術を使ったら何とかなるかもしれないと思った。

ブルーレイディスクと例に取ると、トラックピッチ(溝と溝の間の距離)が約300nm(ナノメートルは10億分の1メートル)で、レンズまで1mmほどの距離からその溝を正確に捉えられるように動いている。この技術を1,000km離れた宇宙から地上への通信にスケールアップすれば、おおむね口径1.5mの望遠鏡で追い掛けられる計算になる。もちろん宇宙空間は地上と違って特殊な環境であるから、最終的には実験をしてみないと分からないが、原理的には大丈夫だと考えた。

CDは1980年代から量産技術として確立しており、その精度もさまざまな製品で実証済みだ。しかもCDは非常にコンパクトである。もしこの技術で衛星・地上間のレーザー通信が実現できれば、小型衛星の量産化への道筋がつき、世の中の役に立つものができるかもしれないと思った。

2016年、この話をJAXAに提案した。JAXA理事で宇宙科学研究所所長の國中均先生にいろいろサポートをしていただき、宇宙探査イノベーションハブでレーザー通信を宇宙空間で実証実験をするための共同研究をすることになった。

―「SOLISS」の軌道上実証試験について聞かせてほしい。

実際に装置を作って、問題を洗い出していき、地上での実証はうまくいった。國中先生やJAXAのメンバーなどと早く軌道上実証試験をしたいという話をしていた。宇宙できちんと稼動したということを明確に示すことは社会実装を進める上で非常に重要である。

宇宙空間で実証実験をするということは簡単ではない。しかし、これをいち早くやっていくことは極めて重要だと考え、最も早く私たちの技術を実証するために選択したのが、ISS(国際宇宙ステーション)に載せるという方法であった。

人工衛星にとっては、どのロケットに搭載して打ち上げるのかということがコスト、タイミングなど様々な制約があり頭の痛い話である。その点、ISSには宇宙飛行士が常駐しているため、食料や消耗品、実験試料や実験交換パーツなど、地球からの物資輸送が頻繁に行われている。この物資輸送ロケットに乗せることができれば私たちにとって絶好の宇宙への輸送の機会になると思った。そのための準備を進めつつ、光通信の実績のあるNICTからのアドバイスも受けながら実証実験に向けた研究開発も着実に進めてきた。

2019年9月25日、ISSに物資を送り届けるために打ち上げられた宇宙ステーション補給機「こうのとり」8号機で、「SOLISS」をISSへ運んだ。ISSの「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームにはいろいろな実験ができるポートがあるので、そこに取り付けた。宇宙環境にさらされながら、高度約400kmの低軌道を回っているので、衛星に搭載するのと同じような条件で実証をすることができる。

10月25日にNICTの宇宙光通信センター内光地上局への光ダウンリンクの確立を確認し、2020年3月5日には「SOLISS」と光地上局との間で双方向光通信リンクの確立に成功した。そして3月11日には「SOLISS」から100Mbpsのイーサネットによる通信で、HD画像を光地上局で受信することに世界で初めて成功した。

―宇宙から地上へ光通信が世界初だったということか。

そうではない。既にNICTが小型光トランスポンダ(SOTA)という超小型光通信機器を開発し、実証している。2017年に、超小型衛星(SOCRATES)に「SOTA」を搭載し、光子一個一個のレベルで情報をやり取りする量子通信の実証実験に成功している。そのような先駆的な実績があるNICTに、今回私たちも協力してもらったのである。

ただし、今までは衛星から地上への一方通行の通信だった。私たちは今回、衛星と地上との双方向通信を実現した。しかも、イーサネットという一般的によく使われているネットワーク技術を用いて実証できたということだ。今後、社会インフラを構築していく上では、避けて通れない課題であった。

標準化に向けた3つ議論

―他の国々での開発はどうなっているか。

ヨーロッパは光通信に関してはかなり積極的で、大型衛星に搭載して既に実用段階になっているものがある。

アメリカでは、月から地上に向けてレーザー通信をしている。また、探査機に搭載する光通信機の研究開発も積極的に行っている。

2020年12月に「はやぶさ2」が帰還して話題になった。天体から物質を直接持ち帰るサンプルリターンの技術は日本だけが有し、非常に難易度が高い技術である。しかし、レーザー光であれば大容量の通信が可能となるので、サンプルを持ち帰らなくとも惑星探査機が現地で分析したデータを地球に送信することが可能になる。宇宙探査という領域でも、光による通信は期待されている。

―他の技術分野では世界で標準化の議論がなされているが、この分野ではどうか。

極めてセンシティブな情報を扱っていくところ、国際協調が必要なところ、産業として育成するべきところ、この3つぐらい分けて考えると思う。

通信規格を共有する形になってきたときに、現段階ではセンシティブな情報をどう扱うかということが問題となる。最先端の技術なので、国家間のパワーバランスや安全保障などとも絡んでくるので、機密にするべき事項がいろいろあると思う。

一方で、宇宙開発は非常に莫大な資金が必要である。近年、ふたたび月の開発が進められているが、アメリカ一国でできるものでもない。国際協調が必要になってくる。各国の地球観測衛星や惑星探査機などが単体でしか動けないという状況では非効率なので、インターオペラビリティー(相互運用性)が大切になる。今後、オペレーションを共有して、ミッションをこなしていくというところが出てくるはずである。そこで通信プロトコルが断絶されていると話にならないので、きちんと共有しようという話が出てくるだろう。

産業化でもいろいろな議論がある。今まで宇宙通信でよく用いられている技術を活用しようという話もあれば、地上でよく使われている技術を宇宙に持っていこうという話もある。これはまだ決まっていない状況である。

その規格をどのようにするかということは、宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)でさまざまな議論がされている。国内でも委員会があり、数か月に1回程度は会議が行われており、三菱電機、スカパーJSATなどが参加機関となりソニーCSLもメンバーになっている。

社会インフラとしてリアルタイムで衛星を利用できる世界の実現を目指して

―光衛星通信はどのようにして社会実装されていくと思うか。

例えば、携帯電話が登場した後の世界を見てみると分かりやすい。アフリカなどの発展途上国では、固定電話ではなく携帯電話のほうが普及した。陸上に「線」を敷き詰める固定電話よりも、基地局という「点」のほうがネットワーク整備に掛かる投資や維持管理コストが低かったからである。このように新しい技術が登場した場合、これまでの古い技術基盤を飛び越えて一気に普及することが多い。

日本は人口減少といっているが、世界は人口が爆発的に増えていく。そのような中で、人々がいかに暮らしやすい状況に早く持っていくことができるかと考えたときに、宇宙で構成されるインフラは非常に有望なものだと思っている。そこで必要となるものが光衛星通信である。

人工衛星の使い方も変わってくるだろう。例えば、現在最もよく使われている衛星データの一つとして、Googleの衛星写真の画像がある。ただし、更新頻度は意外と低く、新しくても約1年前のデータである。光衛星通信ができるようになったら、準リアルタイムで変化している地上の様子を、誰もがいつでも見ることができるようになるかもしれない。

そういう状況になったら、例えば車がどこでどれだけ運転されているのか。それがガソリン車ではなくて電気自動車だったら、どこにどれだけ充電が必要で、逆に放電してくれる電気は一体どこにあるのか。そういうことも見えてくる。

災害を考えても、リアルタイムで状況を把握できれば、どこにどのようなリソースを投入して、災害に対するサポートをしていけばいいか分かってくる。地球全体で、どのように安全に快適に暮らしていくことができるのか。そういった課題に対して光衛星通信が果たす役割は極めて大きいと思っている。

―社会実装に向かう段階で、乗り越えなければならない現在の課題を教えてほしい。

今回の実験はISSと地上間で通信できたという実証なので、まだ課題は山ほどある。次は衛星同士でレーザー光の通信を実現しなければならない。そのためには幾つか条件が変わってくる。本当に衛星間通信用に使えるのかという実証をきちんとやりたい。

もう一つは、セキュリティーの問題だ。例えば、光衛星通信を使って金融取引をするとなれば、高度なセキュリティーが要求される。いかにセキュアなものにしていくかは総務省の委託研究という形でNICTとも量子通信の共同研究をしている。

通信のデータ伝送容量もどんどん上がっていく。これも重要な技術開発の課題だと考えている。そこに対してもさまざまな手を打っている状況である。

課題から解決方法を見つけるのではなく、解決すべき課題づくりを切磋琢磨していく場

―最後に量子ICTフォーラムに期待することについて聞かせてほしい。

情報セキュリティーの話を含めて、量子ICTをどのように捉え、問題意識をどこに持っていくのか、私たちだけではなかなか伺い知ることができない。社会のためになる技術に仕上げていくための解決策はいろいろあると思うが、正しい課題を認識するところがとても大切だと思う。

特に研究者や技術者は自分の解決策に陥りがちである。量子ICTフォーラムできちんとコミュニケーションを取ることで課題認識を共有し、ロードマップを共有していきたい。

実際のことを考えると、課題があって解決方法を見つけるということではなく、こういう解決方法があるから、こういう課題ならば解けそうだと、行ったり来たりさせながら皆で解決すべき課題をつくっていく場が量子ICTフォーラムだと思っている。課題づくりを切磋琢磨していくという感じだ。

一人一人ではできることが限られてくるので、このようなコミュニティーをつくっていくことは、とてもいいものだと思っている。さまざまな議論をしながら、課題や解決方法を含めて、貢献できるところできちんと仕事をしたいと思っている。(取材・撮影:加藤俊 /構成:小林浩)