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量子コンピュータを活用できる未来を目指す

量子コンピュータを活用できる未来を目指す

近年、量子コンピュータを取り巻く環境は大きく変化している。
最前線で研究を進める研究者は、今の世界をどう見て、未来をどう作り上げていくのか。本連載では、日本で量子コンピュータ技術の研究開発において活躍する若手研究者の声から、量子コンピュータにまつわる様々な視点を届けていく。

第二回は大阪大学基礎工学研究科・藤井啓祐研究室にて助教をつとめる、御手洗光祐(みたらい・こうすけ)氏だ。御手洗氏は、量子コンピュータを活用するための量子アルゴリズム研究を行う。御手洗氏が第一著者として発表した「量子回路学習」の論文は、出版からわずか2年で200件以上の引用がなされており、量子コンピュータ業界において注目を集めている。これまでの研究や現在取り組む研究について、そしてこれからの展望について御手洗氏にインタビューした。

御手洗 光祐(みたらい・こうすけ)
2020年、大阪大学大学院にて博士(工学)を取得。量子コンピュータ活用のためのアルゴリズム研究を行う。2020年4月より大阪大学基礎工学研究科藤井研究室にて助教を務める。また株式会社QunaSysを博士課程中に共同創業し、同社にて現在CSOを務める。

研究室での会話が生み出したもの

―御手洗さんが、量子コンピュータに興味をもったきっかけは?

何かをきっかけに量子コンピュータに興味を持ったわけではないです。「なんとなく興味があった」といった方が適切かもしれません。

高専から大学編入しましたが、編入する前から量子コンピュータについて聞いたことはあり、「量子コンピュータって何だかすごそうだなぁ」というくらいの単純な興味をもっていました。量子コンピュータに関する研究に関わりたいと思い、大阪大学に進学し、核スピン量子コンピュータの研究で有名だった北川勝浩先生の研究室に入りました。北川先生の研究室に入ったのが、大きな転機でした。僕が研究室に加わった当時、藤井啓祐先生と根来誠先生が量子機械学習の内容で共同研究に取り組んでいて、北川研究室内で毎週ディスカッションをしていました。

気づいたら、そのディスカッションに参加するようになっていたんです(笑)。どんどん話しているうちに藤井先生に量子回路学習のアイデアをいただき、その後は理論側の研究に入り込むことになりました。この2人と出会っていなかったら、今の研究に辿り着いていなかったと思います。十中八九、博士課程へも進んでいなかったです。

(研究室でのディスカッションの様子)

―まさに、研究室内での会話や繋がりの重要性を感じるエピソードですね。これまでの研究テーマの設定なども、そうした「会話」から生まれてきたのですか?

そうですね…量子回路学習のコンセプトは、まさに会話の中から生まれたものです。藤井先生と喋りながら、様々な数値実験を重ねていたところ、「そろそろまとまってきたから論文にしてみない?」と言われて。その流れで、今の研究のベースとなる最初の論文を書きました。

その後の研究はこのテーマを軸に問題点を見つけ、新たなテーマを設定しつづけています。例えば、第1テーマとして、機械学習に不可欠とされる非線形変換が量子コンピュータ上でシステマティックにできるかどうか考えてみたり。単純にはできなさそうであれば、第2テーマとして、何をしたらできるようになるか探ったり…と。

最初の研究がベースになって、そこで培ったテクニックやプログラムを使いながら、それらを少し発展させることで、解決できそうな新たな課題を見つけて攻める方法で研究を進めています。そうして少しずつできることを広げていく感じですね。

量子コンピュータを機械学習に応用する

―2018年に公開された量子回路学習の論文は、現在200以上の引用数です。量子回路学習とはどのようなアルゴリズムなのでしょうか。

量子回路学習(Quantum Circuit Learning, QCL)とは、量子コンピュータを機械学習に応用するためのアルゴリズムです。量子回路学習は、量子・古典のハイブリッドアルゴリズムで、NISQでの動作を念頭に設計されています。

機械学習分野で特に注目されているのがディープラーニングですが、ディープラーニングにおいては深いニューラルネットワークを用いて複雑な関数の近似を行うことで、入力と出力の関係を学習し、新しいデータに対して予測をしています。

量子回路学習は、このニューラルネットワークの役割を量子回路に置き換えた機械学習手法です。重ね合わせの原理を生かして、古典コンピュータでは効率的に生成できない基底関数を用いた学習ができるため、モデルの表現力の向上が期待されます。

(御手洗氏より提供)

―2019年3月にIBMの実験チームによる、量子回路学習の実験実装論文がNatureに掲載され話題になりました。このようなアルゴリズムは役に立つかわかっているのでしょうか?

まだまだ実機の能力も限られていますし、数値シミュレーションで確かめるにしてもそもそも量子コンピュータのシミュレーションが難しいので、まだまだ大規模なデータを扱うという段階には進めていません。役に立つかどうかは、今後詰めていく必要のある重要な研究テーマだと思います。

―御手洗さんが今、取り組んでいる研究についても教えてください。

「量子コンピュータをどう使うか?」というテーマを軸にこれまで研究に取り組んできました。その中でも、特に力を入れているのが、NISQ(ニスク)アルゴリズムです。

NISQアルゴリズムについて話す前に、「NISQデバイス」について説明します。NISQデバイスとは、Noisy Intermediate-Scale Quantum deviceの略で、物理的な量子ビットの数が数十~数百個程度の量子コンピュータの総称です。このレベルのデバイスなら、数年〜数十年以内に実現可能と考えられています。厳密な定義があるわけではないので、はっきりと断言しがたいですが、無視できないレベルのノイズのある量子コンピュータで、かつ古典コンピュータによるシミュレーションが難しいようなデバイスのことをNISQデバイスと呼んでいます。

NISQデバイスは、大量の量子ビットを必要とする「量子誤り訂正1」 を行うことができないので、計算途中で起こる誤り(ノイズ)の影響を受けます。つまり、アルゴリズムが複雑になるほど、誤りが蓄積し、最終的な出力結果を意味のないものにしてしまいます。

しかし、分子中の電子のシミュレーションなど、タスク自体が量子的であるようなものにおいては、NISQが古典コンピュータを上回る可能性もあります。「NISQデバイスを用いて、実用的なことができないか?」という目的で作られるアルゴリズムのことを、NISQアルゴリズムと呼んでいます。私は、NISQアルゴリズムの中でも特に、量子化学と機械学習の2つを主軸として研究に取り組んでいます。

―なぜ、量子化学と量子機械学習の2つに注力しているのですか。

NISQは、ノイズが多いため、応用はとても難しいと言われています。しかし、それでも量子化学・量子機械学習については、「実用的なものが見つかる可能性がまだ潰されていないから」というところでしょうか。

量子化学計算に関しては、量子コンピュータで作れる量子状態の中には、古典コンピュータでは効率的にシミュレーションできないものがあるということが、理論的に示されています。そのような状態が何らかの物質で自然に生成されていれば、その物質は量子コンピュータでしか解析できないと言っても差し支えないと思います。もちろん、そのような状態が本当に自然界で実現されているかはわかりませんが、もしそのようなことがあれば、間違いなく量子コンピュータは意味のある問題を解くことができます。

また、機械学習に関してですが、量子コンピュータでしかサンプリングできないような乱数があることが知られています。機械学習の中でも生成モデルのような分野では、複雑な乱数を使って学習されていることが多いので、量子コンピュータにしか生成できない乱数がうまくそのようなところに適用できれば、何らかの恩恵があるのではないかと期待しています。

どちらもまだ「実際に使えるかどうかわからない」状態ではありますが、1つでも使える領域を見つけることができれば、量子コンピュータ業界に、また社会全体に大きな利益を与えられると信じています。今はその領域を見つけられるよう、頑張っているところですね。

―材料開発や量子化学計算などが、今後の産業応用としては考えられるわけですね。

はい、現時点では、それらの分野が量子コンピュータの応用先になる一番有望な候補だと思います。しかし、大きいスケールで実機で動かすとなると、やはり実機の性能自体がボトルネックになるという懸念点もあります。

産業応用に繋げていくためには「ハードウェアの発達」と「ツールの開発」の両輪が必要です。ハードウェアが未発達な状態でどのようにして応用へと繋げていくか考えつつ、アルゴリズム・ソフトウェア側の研究者として、よりよい発展の道を探していきたいです。

―産業応用できるようツールを見つけていく上で、関わりたい領域などがあれば教えてください。

今後、小規模な量子コンピュータが、たくさん世に送り出されるでしょう。その時量子コンピュータ同士を繋げて、大規模な計算ができる可能性もあります。分散計算の知見が必要になるので、富岳などのアーキテクチャーに関わった方などと繋がり、研究に繋げられたら面白い研究ができるかも…?と思います。

量子コンピュータを「使える」技術に

―これから研究を進めていく上で、御手洗さんが掲げる目標を教えてください。

「意味のあること」を量子コンピュータでできるようにするのが目標です。
これまで古典コンピュータでは解明しきれなかったことを、量子コンピュータを使うことで解明できると証明するような例が見つけられたら嬉しいですね。

―「意味のあること」とは?

量子コンピュータによって、古典コンピュータでは計算リソース的にできなかった計算ができて、さらにそれが現実社会の問題を解決できたとき、量子コンピュータが「意味のある」ことをしたと言えると思います。例えば今まで解明できなかった分子の性質を明らかにする、といったことですね。

NISQデバイスが実際に役に立つか、現時点ではわかりません。もしかすると、ノイズのせいで全く使えない、ということがわかる可能性も十分にあります。それも一つの研究成果として重要でしょう。しかし、「限られたリソースをうまく使う」という観点に立って開発されたNISQアルゴリズムは、10〜20年でできるかはわかりませんが、将来誤り訂正が実現した後にも役に立つことがあると思います。誤り訂正された後でも、最初は量子ビット数などのリソースが限られたものになるはずですからね。

どちらに転ぶにせよ、私の基本軸は、量子コンピュータが本当に役に立つのかどうか突き詰めることです。この方向性で今後も研究を進めていきたいです。

(聞き手:田宮志郎、構成・編集:馬本寛子)


聞き手紹介

田宮 志郎(たみや・しろう)

東京大学 工学系研究科物理工学専攻に所属。現在、「量子計算機の有効活用へ向けたアルゴリズムの構築およびアプリケーション開発」の研究に取り組む。

【コメント】

微力ながら量子技術の理解・発展の一助になればと思います。


  1. 量子誤り訂正:量子計算機上でエラー訂正を行うこと。現実的な状況で動作する計算機を構成するデバイスは絶えず外部からのノイズにさらされており、様々な理由で100%正確に動作することはなく有限の確率でエラーを起こしてしまう。量子ビットにある程度のエラーが起きても、元の状態を復元できるようにするのがエラー訂正である。