量子鍵配送技術推進委員会について

量子ICTフォーラム
量子鍵配送技術推進委員会委員長
佐々木 雅英

量子鍵配送技術推進委員会は、量子鍵配送技術の普及と発展に向けて、技術文書の発刊や研究開発ロードマップの提言、標準化・事業化の支援、セミナーや勉強会等の交流・連携機会の提供などの活動を行っています。

量子暗号とはいかなる計算技術を使っても原理的に解読できない暗号方式で、その中核となるのが光子を使って暗号鍵を共有する「量子鍵配送(QKD)」という技術です。量子暗号では、QKDで共有した暗号鍵をワンタイムパッドという方式で使います。これにより、国家機密、医療・金融情報、重要個人情報などをネットワーク上で極めて安全にやり取りできるほか、ストレージネットワークと組み合わせることで、重要情報を世紀単位の超長期間にわたり安全に保管し利活用する量子セキュアクラウドを実現することができます。

日本では2001年から量子暗号の本格的な研究開発が始まり、それから20年後の2020年秋に東芝が事業化しました。折り返し地点となる2010年には、日本の産学官チームが都市圏テストベッド「Tokyo QKD Network」を構築し、動画の完全秘匿伝送を世界で初めて実現しました。その後も、量子暗号装置の改良やQKDネットワーク技術、アプリケーション技術の開発を行い、その成果を2015年東京で開催された量子通信・量子暗号国際会議(UQCC2015)で広く世界に公開しました。

この頃から量子暗号分野では、実用化に向けた動きが本格化し始め、量子暗号を様々な周辺技術と統合しバランスの取れたセキィリティシステムとして構築することの重要性が認識されるようになりました。そのような背景を受け、量子暗号及び関連技術に関する標準化、社会実装、分野融合に向けた戦略を検討するために、2017年秋、まだ一般社団法人化される前の量子ICTフォーラムの下に量子鍵配送技術推進委員会が発足しました。委員には、QKD技術の専門家のほか、QKD技術を活用し事業展開しようと考えるプロバイダー、日々の業務で重要通信を必要とするユーザーなどが加わり、標準化に向けた技術文書の作成に着手しました。

当委員会は現在(2021年8月時点)、委員長、幹事、5名のコアメンバーおよび33名のメンバーで構成され、年5~6回程度、委員会を開催し、正確な技術情報の把握、最新の技術動向や事業化動向の共有、利用用途や事業展望の議論などを行っています。また、量子コンピュータ技術推進委員会、量子計測・センシング技術推進委員会との合同委員会、外部有識者、府省庁からのオブザーバを招いての勉強会を開催し、分野連携や業界連携も積極的に推進しています。

このような活動を通じて知り合った会員企業間で、事業化に向けた連携活動が立ち上がるなど会員間マッチングの事例も生まれています。そこでは、通常の委員会では聞けないような新規事業立ち上げの最前線や関連ベンチャーの最新動向などが共有され、ビジネスのダイナミズムや熱気に溢れています。さらには、今後の技術動向や新たな研究分野誕生の気配までも感じ取ることができます。通常、基礎研究が川の上流だとすると事業化はその下流に位置しプレイヤーも異なると思われがちですが、分野や業界を跨いだメンバーが一堂に会する場では、研究開発とはそのような単純なものではなく、事業化の現場の中に次の新領域誕生の萌芽を見出すなど、循環するものであることを実感します。

これまでの20年以上にわたる産学官連携の一貫した取り組みにより、日本のQKD装置は世界最高性能を誇り、量子セキュアクラウドなどのアプリケーションの社会実装で日本が先行するとともに、国際標準化でも日本の技術を骨子とする勧告が次々と成立しています。国際標準化における熾烈な交渉の模様は、量子ICTフォーラムのメールマガジン・連載エッセーで紹介していますので、ぜひご一読頂ければ幸いです。

中国が量子暗号ネットワークの実証規模を着々と拡大し、欧州でも欧州全土に量子通信インフラを構築するプロジェクトが立ち上がるなど、この分野の動きは加速しています。しかし、これらの取り組みにはまだ何かが足りません。真にスケーラブルで信頼性と可用性の高い『量子』ネットワークの構築には、『古典』領域も必須なのです。特に、ネットワークスループットを向上させ、障害耐性を上げるための新たな『古典』ネットワークの技術を開発し、それを『量子』ネットワークと統合しないと実社会で使えるシステムは構築できないと思います。そのために必要な要素技術とシステムインテグレーション力で日本の右に出る国はまだないと思います(まだ未公開の情報も多いですが、今後紹介してゆく予定です)。

これから、日本でも本格的な量子技術のインフラ構築のフェーズに入ると思います。それを支える新たな技術体系を構築するとともに、部品メーカー、線材メーカー、装置ベンダー、通信事業者、サービスプロバイダー、そして評価・認定機関からなるビジネスエコシステムを作り上げなくてはなりません。そのために当委員会が取り組むべき重要課題の一つが、相互接続の詳細仕様の標準化支援や評価・認定・検定のためのガイドライン、調達基準の策定です。制度面にも関連する挑戦的な課題ですが、関連分野のエキスパートや事業者、ユーザーが集まっている量子ICTフォーラムにしかできない仕事だと思います。これらの文書群を『量子ICTフォーラム標準』としてまとめ、社会に貢献できるように皆様と取り組んでまいりたいと思います。