会員インタビュー 量子ICTフォーラムが描く日本の未来

一般社団法人 量子ICTフォーラム 代表理事 富田 章久

2019年11月12日。その日、一橋大学一橋講堂の会場は熱気に包まれていた。約200名の参加者の多くは量子ICT(情報通信技術)畑の専門家。記者やテレビ局の取材陣が焚くフラッシュを浴びながら、壇上に登った富田章久は量子ICTフォーラムの設立を高らかに宣言した。富田をはじめ参加者達の数年にわたる悲願が結実した瞬間だった。「やっとここまで来た」という感慨と共に胸に去来するもう一つの感情があったと富田は後述している。国や企業の研究機関に属する量子ICTの専門家達が、産学官の垣根を越えて横断的に手を取り合う組織の誕生が何を意味するのか。それは米中欧が次代のデファクトスタンダードを握るためにしのぎを削る、熾烈なパワーゲームに、日本が改めて本格参戦する狼煙を上げることを意味していた。言わば日本の未来が自分達の手にかかる覚悟を受けての選手宣誓だった。

(取材・構成:加藤俊)

富田自身にとって量子ICTとは?―22年量子ICTに関わってきた。学問としての面白さもあるのだが、形にしたいという思いがずっとあった。20年たって、やっとそういう雰囲気が醸成されてきた。私自身は実用化の助けができればいい。それが一番大きい。

同日から翌朝にかけてNHKニュースをはじめ日本経済新聞など主要メディア数社は、量子が電子や光子などの極小の粒子であること。特殊な物理現象を活用することで、驚異的な計算能力を持つ量子コンピューターや解読不可能な量子暗号など未来の情報通信技術が実現することへの期待があること。アメリカや中国をはじめ多くの主要国が量子コンピューターを安全保障問題と位置づけ、巨額の資金を投じ、国をあげて開発に勤しんでいること。そして、日本でも量子ICTの実用化に向けた研究を支援する団体、量子ICTフォーラムの設立を伝えた。

数学、数理物理学、天体力学など複数の分野に重要な基本原理を確立した功績を残し、「最後の万能の人」とも称されるフランスの数学者アンリ・ポアンカレの言葉に「事実の集積が科学でないことは、石の堆積が家でないのと同じである。」というものがある。量子ICTフォーラムが描くグランドデザインもまた、家を施工することと同義である。量子ICT分野で日本が世界をリードする研究も数多くある。ただ、国家の安全保障問題としての対策はうすいのが実情だ。政府の量子技術に関する国家戦略はようやく形を成しつつある。富田をはじめ多くの専門家達の想いは「日本の量子ICTを何とか世界の中で特色のあるものとして生き残らせて、発展させたい」という点で軸を一にしている。そのための量子ICTフォーラムだ、と。

産みの苦しみ

しかし、量子ICTフォーラムが設立されるまでには「産みの苦しみ」があった。遡ること約20年。2001年9月から始まった総務省・NICT と研究受託者の間の連絡会である量子情報通信研究代表者会議を嚆矢としている。富田はその間研究代表者として会に参加していた。2013年頃から量子通信、暗号だけではなく、量子コンピューターの専門家も参画するようになった。2017年に富田が議長になった頃から、量子ICTを取り巻く世界が変容し始める。もともと2011年にD-WAVE社が量子コンピューターを作り、それが実際に売れたことから始まったトレンドがGoogle、Intel、IBM、Microsoft、中国ではバイドゥ、アリババ、テンセントなど名だたる企業が続々と量子コンピューターに参入していったことで一気に過熱していく。アメリカも国策として米国量子イニシアチブ(National Quantum Initiative)をスタートさせ5年で12億ドル、EUも量子テクノロジー・フラッグシッププロジェクト(Quantum Technology Flagship)として10年で10億ユーロ、そして最も活発なのが中国だと言う。気づけば量子ICTの世界はディッピングポイントをとうに迎えていたのだ。瞬く間に米中欧の投資額が日本と桁違いのものになり、「今立ち上がらなければ手遅れになる」という危機感を多くの識者が持つようになった。

そこで2017年にスコープを拡大し、量子技術を担当する総務省、文部科学省他の政府関係者、量子技術関連の大学、研究所関係者、量子技術以外の分野をも含む産業界関係者からなる60名の参加者で産官学連携、分野間連携、標準化活動、社会展開について講演、全体討議を行うようになった。そこから1年かけて話をして、やはりこれは広く会員を集めるべきであるし、単に任意団体ではなくて法人格を持って、きちんと交渉できるようにしたほうがいいのではないかという結論に至った。

「当然、企業に対してもそうであるし、官に対してもだ。一つの法人としての顔を持ったほうがいいのではないかということになった。日本はアイデアや個々の研究者の能力は高い。だからこそ産学官が一体となって研究者を持続的にサポートできる環境を作ることが待ったなしだった。あのタイミングは官庁関係の応援も含めて時を得ていた。あれより遅かったら駄目だし、早ければ拡がりを持てなかった」(富田、以下同)

法人化が決まってからも活動の内容を巡って喧々諤々の議論が戦わされた。日本を代表する企業や複数の省庁、研究機関からなる団体だ。各々の利害や思惑が錯綜する中、合意を見出すことは至難の業だった。それでも、日本の未来のためにという想いが参加者の誰しもの心に通奏低音として流れていた。ゆっくりとだが着実に骨子は組みあがっていった。

同時期、富田達は参画企業を募るために、多くの関係先を回っている。富田達の訴えは明確だった。量子ICTの技術的には日本は世界に先行している。標準化でも後れをとっていない。今こそ産学官の垣根を越えた横断の組織が必要だ。ある自動車メーカー幹部は「これまで様々な技術の標準化でヨーロッパにずっと負けっぱなしだった。量子ICTなら勝てるかもしれないということなら、トライしてみたい」と応えた。またある者は「日本はAIやIoTといったイノベーション分野で悉く後れを取っているが、最後勝てる見込みがあるかもしれないのが量子だ」と呼応した。

やがて今まで量子とは関わりのなかったセキュリティー分野の企業や総務省、NTTのOB達も半ばボランティアという形で法人設立を手伝うようになっていった。顧問として東京大学総長五神真、フジテレビジョン常任顧問の山川鉃郎、三菱ケミカルホールディングス会長の小林喜光も参画した。小林に協力を仰いだ際、「量子は重要だ」と応じてくれたことは心強かったと富田は述懐する。

「研究者達の集まりから、世間に通用するという意味での世間知を持った方々に参画いただいたことは大きかった。研究者達が純粋な思いをもって色々とぶつかり合いながら、2019年4月に大枠が決まり、5月31日に設立登記を済ますことができた。」

量子ICTフォーラムで変わる世界

こうして量子ICTフォーラムは設立されたが、富田は危機感をもって現状を見据えている。

「基礎的な技術・研究・アイデアという点では世界に負けてはいない。しかし量子コンピューターにしても使える装置を作っていく点では負けている。それは金もそうだし、人もいないということもある。あとは意外だが、物を作るときのバックになる技術が、日本全体でだいぶ枯渇しつつある」

製造業を中心とした産業セクターが競争力を失って久しい。リーマンショック以降、特に基礎研究に対してのR&Dが多くの企業で大幅にカットされた。研究所が閉じられたところも多く、優秀な研究者のある者は他国に引き抜かれ、またある者はアカデミアに入っていった。富田も後者に属する一人だ。そこから十年余。いよいよもってモノづくり大国日本という触れ込みが色褪せるほど足腰は弱まってしまっている。ただ、「まだ間に合う」と富田は力説する。以下は富田とのインタビューのやり取りだ。

―まだ間に合うとはどういったことだ?

富田(以下同):日本が持っている力は落ちているとはいえ、まだ企業にはモノづくりのノウハウや力がある。量子ICTという広大なフロンティアでは、再生する可能性がある。今持っている技術を量子ICTにも活用することで、逆に既存分野にも新しい展開が広がるポジティブなフィードバックを作り、ヒト・モノ・カネが日本にもう一度戻ってくるようにすること、それが今なら、まだ可能だ。

―量子ICTの世界は広範だ。量子コンピューターでは後れをとっている。全部をやるということは難しいと思うが?

量子ICTでは日本が優位性を持っている研究分野がある。例えばQKD(量子鍵配送)の技術にしても、中国は衛星を打ち上げて、北京から上海までの長大な2,000キロメートルの量子暗号のネットワークを作った。今の日本ではそのようなことはできない。しかし、QKD装置の根幹をなす安全性や将来的な新しい方式の提案などでは、大きな存在感を発揮している。量子コンピューターでもそういう側面がある。基礎概念や基礎技術の強みを生かし実用化レベルまで持っていきたい。そのためにも、まず我々として強みがあるところを育てていきたい。どこにどういう強みがあるのかを量子ICTフォーラムで技術交流をしていく中でクリアにしていければいいと思っている。

―量子ICTフォーラムの設立によって、何が変わるのか?

まず量子ICTフォーラムがあることで量子ICTの研究が進むということだ。研究とは実際に社会に役立つ技術を実装することまで射程範囲と捉えている。大学や企業の研究者がそれぞれの研究を進めているが、そこで行われている基礎研究を社会実装とうまくマッチングする役目を我々が果たしていく。本当に使える技術、しかも本質的に重要な技術を日本から生み出していく環境を整備する役目だ。

量子ICTフォーラムとは?

―そもそも量子ICTフォーラムとは何をする団体なのか?

もともとの理念として、産官学の連携を通して量子ICTの発展を促進させる団体だ。量子ICTは、量子という新しい原理を使うことによって社会に技術革新を齎す。非常に大規模なデータを速く処理するようなコンピューティング、絶対に安全性が確保できるような通信ストレージ、非常に高感度で微量なものも測ることができる計測技術などに活用されることが期待され、今の社会の在り方を劇的に変えていく可能性がある。

今、Society 5.0でサイバーとフィジカルな世界を繋ぐと言っているが、本当に今の技術だけで理想的なものが実現できるのか。より良いセンサー、極めて安全性の高い通信技術、大容量のデータを扱うことが可能なコンピューティングが必要となる。今、理想として挙げているSociety 5.0を、本当の意味で我々が享受するためには、量子ICTが必要になるはずで、量子ICTフォーラムではそれを促進していきたい。

―団体としての特長は?

単に学術的な興味だけでやっているのではない。企業の方々にも入っていただき、産業的にも有用な形で技術を作っていくことを目指す。逆に産業的な要求から新しい基礎的な技術の研究も促進していきたい。そういった相互刺激を与え、受け取る場となる団体だ。具体的なアプローチとしては、アカデミアや企業の研究者だけではなく、量子ICTでビジネスを考えている方々も含めて交流を深める。

―量子ICTフォーラムそのものが研究開発や投資をするわけではないということか?

そうだ。媒介の場を提供することが大きな目的だ。

―WEBサイト上では、「情報発信」「標準化・実用化の支援」「交流・連携の場の提供」という3つの活動を明記している。個別具体的に聞いていきたい。情報発信とはどういったことをするのか。

情報発信について

昨今量子コンピューターが世界的にもブームになっている。各所で量子コンピューターの話がされるようになってきた。そこで非常に過度な期待というか、今すぐにでも世の中が変わっていくと言う人もあれば、逆にすぐにできるはずがないから駄目だという人もいて、両極端の意見が発信されている。必ずしもきちんとした理解によらず、聞きかじりでいろいろ話をしているように見えるところがある。まず、学術的な意味でも根拠のある情報を社会に向かって発信したいということが一つある。そうすることで初めて社会の正しい理解が得られるのではないか。

量子ICTは本質的にどういうものなのか、現状がこうで先々はどうなるかがある程度分かった上で支援をしていただくことが望ましい形である。もっとスペシフィックに言ってしまうと、政策担当者や政治家を含めたところでも、贔屓の引き倒しにならないように、技術の発展に効果的になるように正しい支援をしていただけるよう情報発信をしたい。

また、異分野からの参入者を増やすための情報発信もある。量子技術と言っているが、物理プロパーだけではなく、エレクトロニクスやコンピューター、情報処理といった各種技術の専門家の力も取り入れたい。量子コンピューターを作るにも、微細加工技術が必要で、今まで日本の企業が培ってきた技術は、見方や使い方を変えることによって、量子ICT実用化の役に立つはずだ。そうだからこそ、関連する諸分野の方々にも参画していただくべく、興味を喚起できるよう団体として量子の面白さを発信していく。自分達の技術が量子でも役立つと認識してもらえるよう工夫したい。それがマスを増やすための重要な役割だと思っている。

―現状で走っている情報発信のツールは何か?

直接交流する機会を提供することが難しい現状で、まず、できることからということで、メールマガジンを会員に向けて定期的に出している。それから、量子ICTフォーラムの中には、量子暗号や量子コンピューターや量子センシングなど、技術分野別に技術委員会がある。デリケートな情報はクローズにするが、海外動向や標準化の動向などに関しては、WEB会議で会員の方にオープンにして聞いていただく機会を作る。WEBサイトにも適時コンテンツを載せる。

標準化・実用化の支援について

―標準化・実用化の支援とは?

セキュリティー分野、コンピューティングの分野、センシングの分野、それぞれ違っている。今はセキュリティー分野が技術的にも一番進んでいる。QKDを基盤とする量子セキュリティーでは、何をどうすれば何ができるか大体見えてきているので、割と標準化がしやすい状況になっている。国際標準化機関であるITU-TやISOで、量子セキュリティーのネットワークや量子暗号装置について、安全性をどう保つかに関しての標準化をめぐる動きが、一昨年ぐらいから活発になってきている。ヨーロッパの標準化機関も動きを速めている。去年はITU-Tで量子暗号のネットワークに関しての基本的な標準が1つできている。ここには日本の提案も主要な部分に採用されている。かなり議論は煮詰まって、あと1~2年で全体像が見えてくると思う。

最初の標準ができるのは2022年辺りが一つの目途と思っている。そうすると、それに対応して国内の標準や政府調達の基準などもできてくるので、より実用に近くなる。メーカーとしても作りやすくなる。

他の分野はまだ標準化できていない。例えば量子コンピューターでは、使っている用語自体が人によって違うので、意味を統一していこうという程度の話になっている。例えば量子コンピューターと普通のコンピューターのインターフェースをどのように切っていくかということは、将来的には標準化の話題になるだろうと思うが、そこにはまだ取り掛かりもできていない。まだ研究開発を待っている段階だ。

―量子ICTフォーラムが、実用化や標準化に向けて、どういった支援をしていくのか?

量子暗号鍵配送技術推進委員会で行っていることは、標準化に際しての技術的なサポートだ。実際の標準化団体には、NICTや東芝、NEC等がメンバーとして入っている。彼らが実働として標準化の会合でいろいろ議論をしている。QKD技術推進委員会のメンバーは技術的な内容や、文章の見直しなどで、その議論をバックアップしている。日本側の関係者が、標準化会合で活躍するための技術的なところをフォーラムとしてもサポートを続けている。

―各分野によって標準化までの道のりが全然違うという話であったが、実際に各分野で標準化までのグランドデザインは描いているのか?

量子ICTと一口に言うが、応用分野が違う。標準化そのものの過程も異なる。そもそも標準化が適している分野と適していない分野がある。例えば通信はある程度、標準にのっとればきちんと通信ができて安全は担保できる。国際標準化機関できちんと決めたものが実際に使われる可能性が高い。一方コンピューターの場合は、普通のコンピューターの世界でも国際標準化機関での標準化はそれほど力がない。例えばIntelのアーキテクチャーとMicrosoftのOSで走るというように、デファクトな標準になってしまう。

そういった分野ごとの性格の違いもあるので、必ずしも一概に量子だからこういうデザインで標準化するというようはならない。それぞれの分野に対して最適な形で、量子ICTフォーラムとして貢献していくことが肝心だ。

交流・連携の場の提供について

―交流・連携の場の提供とは?

具体的には講演会と、それに伴う質疑応答、それから会員が交流し話し合う機会を設けることだ。各委員会もある。基本的に委員会は、技術分野別にコアなメンバーとして専門的な知識を持っているか、実際に開発を進めている企業の方が入っている。まだ実際に取り組んでいないけれども、各分野の技術に興味があるという方々も今後は受け入れ、委員会の会合の中で情報を聞いていただく予定だ。委員会を定期的に開くことによって、各技術分野の間での情報交流ができるようにしたいと思っている。同時に、量子技術教育を支援し、量子ICTに精通した人材の育成も考えている。

当初の年間計画では、全体のイベントを年に2回開催予定だった。あとは各委員会が企画する小規模なイベントが適宜数回あるという形で計画されている。コロナ禍で現状の予定は未定となっている。状況を見ながら計画を修正して、可能な段階で改めて伝えていく。

―どういった委員会があるのか?

現状三つ技術推進委員会がある。一つが量子鍵配送技術推進委員会。量子暗号技術を使ったセキュアなネットワークを作ることが目的だ。将来的にNICTが作った東京QKDネットワークをインフラの場として貸し出して、そこで量子暗号装置も含めてアプリケーションの実用試験ができるようにするための仲立ちをしていくことを考えている。

二つ目が量子コンピューター技術推進委員会。文字どおり量子コンピューターを扱う。今、よく言われている量子アニーリングを使った量子コンピューターと、以前から研究されている汎用量子コンピューターと、両方の技術をカバーする。超伝導技術という点で共通する技術要素も多いので両方の研究者が委員に入っている。ハードウェアとアーキテクチャーや応用技術のような量子ソフトウェアとの交流も目指している。

三つ目は、量子計測・センシング技術推進委員会。量子技術を使った計測技術についての委員会だ。有名なものでは、光格子時計なども本委員会の対象となる。世界的には量子センシングは盛んに動きがあるが、日本ではまだ企業参加があまりない。大学・国研の研究者が研究段階でやっている段階だ。今年の計画では企業の参加を促進するための基礎的な勉強会を検討している。

―交流・連携とは産学官連携を指すのだろうが、団体としてどう促進していくのか?

もともと量子ICTフォーラムは総務省の委託研究の参加者からなるので、産官学の連絡会議のような会だった。今回、量子ICTフォーラムとして大きくしていく中では、総務省だけではなくて、文部科学省、内閣府、経済産業省といった各官庁の担当者に支援をいただいている。こういった方々にはイベントにオブザーバーとして参加していただく。量子ICTフォーラムは、産学だけではなくて、官も入った形での連携を追求していくという意味で、他の団体とは少し違っている。個々の技術の実用化までの道のりが曖昧な現段階で、研究を中長期で継続するためにはやはり国からの支援が重要だ。

量子ICTフォーラムが面白いのは、例えば経済産業省関連ではNEDOがあり、NEDOとしての支援の形、文部科学省関連ではJSTがあり、JSTとしての支援の形があるのだが、量子ICTフォーラムのように色々な立場の人が集まって何か話をするということはおそらくない。もちろんそれぞれのプロジェクトの中での連絡会議はあるが、広がった形で展開する動きはなかった。そういった意味で、我々の動きに各省庁の方々も賛同して、日本全体で量子を盛り上げていこうという我々の意気込みを理解していただいていると思っている。

―人材育成については?

これは非常に重要なことだ。人材育成のアプローチは、おそらく二つある。一つは一般の方向けに量子を知ってもらう活動をしていかなければいけないこと。特に若い人達。大学生あるいは高校生に、量子に興味を持ってもらうことだ。文部科学省でも量子ネイティブの育成として新しい量子のカリキュラムを作る動きがあるので、我々が必要に応じて人材を提供する形で協力していきたいと思う。

もう一つは異分野からの参入促進。量子ICT技術の足腰を強めるには必要なことで、フォーラムとしても量子技術に興味を持ってもらうとともに、入るための壁を低くする努力をしたい。

後はポストの問題がある。つまり、どうしても日本の大学では定員の問題があって、量子ICTのように学際的でしかも新しく実績が少ない分野の人を採用するのが難しい。国のプロジェクトが立つと、一時的に予算が増えるので、例えば5年単位で雇えるわけだが、それが終わった後の展望がなかなか開けない。そうすると若い人は量子ICTになかなか入ってこれない。やはり安定的なポストを作っていくことが重要だ。

求む参画者

―読者が量子ICTフォーラムに参画するメリットは?

量子ICTの最先端の情報が取得できることだ。実際に研究・開発をしている方々にとってみれば、最先端で何をやっているかを知る機会となる。量子ICTといっても、コンピューティング、暗号、計測など、それぞれいろいろな分野がある。お互いのアイデアを交換することによって、ある分野のアイデアが別のところで使えるといった期待がある。企業からすれば、自社の技術が活きる領域を見出し、研究開発の確度を高めるメリットがあるはずだ。

―標準化でのメリットは?

日本はもちろん世界でもはっきりとしたルールが形成されていない分野だ。標準化の議論に参加することで、自分達に益する標準化の方向付けができるということがある。あとは、政策提言をしていく中で、量子ICTとしての意見を集約して上げることができる。理想像になるかもしれないが、量子ICTフォーラムの意見が、量子ICTの総意であると思われるようになりたい。逆にそうなれば、量子ICTフォーラムに入るメリットは非常に大きいと思う。

―量子ICTの発展によって市井の人達の生活にどのような影響を及ぼしうるのか。あるいはコロナ後の社会にどのように役立つのか。

一般の方々の生活で言えば、例えば医療の場合、コロナウイルスなどの病気の診断で時間を要することや、サンプルがたくさん要ること、診断の間違いが発生しうるといった現状を改善できる可能性がある。この分野に量子ICTを活用することで、感度の高い検出技術ができれば、検査も簡単にできるかもしれない。また、製薬では量子コンピューターを使うことによって、よりシミュレーションが容易になり、開発がドライなラボで進み、薬が出来上がる期待がある。他にも、生物に強い光を当てると細胞に影響がでるが、量子センシングは感度が良くなるので、より人体に対して被害が少なく進めていくこともできるのではないだろうか。こうした各種の技術を安心して使うための基盤として量子通信ネットワークや量子セキュアストレージがある。

―ゲノム情報や生体情報の機密性か?

個人に関する各種情報を数十年から百年以上にわたって長期間秘密に保つ技術は、おそらく量子ICTを使わないと実現できない。量子ICTが発展して現在のICT技術を補強することで、機密情報のやり取りや保持の安全性を飛躍的に高めることになる。色々な課題を乗り越える必要があるが、10年・20年先の世界を支える基盤となる技術だ。量子ICTは皆さんが利便性を感じ取ることのできる社会の実現に必ず役に立っていくと思っている。

―最後に、読者にメッセージを。

量子ICTの実用化には息の長い研究開発が必要だ。量子ICTフォーラムとして、日本の量子ICTを何とか世界の中で特色のあるものとして生き残らせて、発展させたい。そのための量子ICTフォーラムだ。私自身、代表理事としてできるだけのことをしていきたいと思っている。量子ICTに興味を覚えた方はぜひ参画いただきたい。

数年の内に、特定の問題を一瞬で計算するコンピューターがクラウドなどで手軽に使えるようになると言われている。性能がスパコンの9000兆倍とも言われる量子コンピューターは世界を再創造するほどの破壊力を持つ。量子ICTフォーラムが臨時総会と設立イベントを開いた11月から遡ること約1か月、10月23日(米国時間)、Googleは科学誌「Nature」で、同社の量子コンピューターが従来のコンピューターの性能を大幅に上回り、いわゆる量子超越性を達成したと発表した。これは人類が未踏の地に足を踏み入れた第一歩に過ぎないが、本当の意味での量子超越性が実現した時、その衝撃は人類の歴史上どの技術革新に匹敵するのだろうか。この問いに富田は間髪入れずに「火と言ったら、各所からお叱りを受けるかな」と答えている。量子ICTには人類が火を発見したぐらいのロマンがある。世界が様変わりする日。そのとき日本の未来は?風雲急を告げるような今日の情勢下に容易な解はない。ただ、是非の多くは量子ICTフォーラムと本稿を読んだ貴方の双肩にかかっている。(取材・構成:加藤俊)

本稿を読み、量子ICTに興味を覚えた方はぜひ参画いただきたい。量子ICTは文明を大きく前進させる技術だ。企業の方であれば、自社の持続的発展を考えるだろう。技術革新が起きる時、そのツールを使いこなせないことがどれだけのハンデとなるかは語るまでもない。いわば、自社の未来を左右する技術を知る機会を量子ICTフォーラムで持てるということだ。研究者であれば情報交換を、学生であれば、量子ICTは私達が一般的に想起する近未来のイメージを顕在化させる技術だ。未来を手繰り寄せる技術の数々はきっと貴方をワクワクさせるだろう。文明を大きく前進させる一歩を共に踏み出そう。

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北海道大学敷地内の牧場にて。尊敬する学者は? ―リチャード・フリップス・ファインマン。色々新しいことを考えて、しかも行動力があったという意味では憧れる人である。企業研究では、アーヴィング・ラングミュアが割と好き。現実の世界と基礎研究をうまくマッチングさせていて、現実の世界の解決になるのだけれども、きちんとそこが基礎的に重要なことでもあった。私の理想形だ。現実の問題から基礎的な問題をうまく抽出して研究できるところが、応用物理や応用化学の一つのあるべき形だと思っている。