会員インタビュー 日本主導によるQKDネットワーク国際標準化の舞台回し

国立研究開発法人情報通信研究機構 量子ICT協創センターマネージャー 釼吉 薫

ボーアが巻き起こした量子革命は100年の歳月を経て、今なおその渦を拡大させている。量子論に納得できないアインシュタインがふっかけた論争は、量子テレポーテーションというアイデアを生み出し、かえって量子力学の正しさを証明する一助となってしまった。これが形を変えて量子通信の構想へとつながったのは、この20年における「情報は物理である」という認識による。科学者グループ間のパラダイム闘争によって、科学革命が進展していくというのは科学史家トーマス・クーンの言説であるが、今回、量子ICTへの突破口を拓くのはむしろ工学、QKD(Quantum Key Distribution:量子鍵配送)技術になりそうだ。社会実装がリードする科学革命もまたあり得るのだ。このとき、技術そのものはもちろん重要だが、広く浸透させるには技術を受け入れる世界の共通基盤が必要となる。それが国際標準化なのである。国際標準化を成立させるには無私の精神、議論を壊さないための忍耐、人同士の共創ネットワークを創造、維持する根気を要する。そういった地道な活動もまた科学史のどこかに刻まれていてしかるべきではないだろうか。

日本主導の国際標準化

世界の多様な価値観、意見を受け入れながらも狙った着地点に仕様を落とす国際標準化は相対主義的な文化を持つ日本人が本来得意とするところなのかもしれない。

かつて日本が主導した国際標準化の成功事例にISDN(Integrated Services Digital Network)がある。ISDNは、われわれがインターネットをまだ見ぬ時代に、音声、データ、画像などの情報通信サービスを一元的に実現するというビジョンを持った先駆的な取り組みだった。当時(1980年代後半)、企業は既存の電話、専用線、パケット公衆網、LAN等を利用して独自のネットワークを構築しつつあった。しかし、独自のネットワークが乱立してしまうと、ネットワークを相互に接続して効率的に利用することが難しくなる。社会インフラとしての効果性を高めるうえでも、ISDNによって多様なネットワークを一元化し、サービスを統合的に提供することが必須だったのだ。

ISDNの国際標準化を取り仕切った元NTTの加納貞彦(後に早稲田大学教授)は次のように述べている。「下部構造である社会インフラ(基盤)を作ることは、上部構造である社会を変革することである。このような気概をもってよい。科学者は真理の探究が使命であるが、工学者、技術者はその成果を社会に具体的に提供することにある」。(電子情報通信学会:ISDNの標準化)

ネットワークの多様性を収斂させるISDNの標準化は、世界各国にとっても関心が高かった。標準化の舞台となったITU(International Telecommunication Union)のSG(Study Group)では、軽く100名以上の参加が見込まれ、議論百出、収拾がつかない事態が想定された。そこで、SG11(プロトコルを検討)の議長となった加納は、他のSGとも連携を取りつつ、複数の分科会を用意し、議論が一定範囲を超えて広がらないよう歯止めをかけた。そして、同じくNTTの北見憲一(後に東京工科大学教授)を主要分科会の議長につけて議論を統率した。さらに、SGでの各国の提案は口頭ではなく、寄書(文書)による議論でなければ受け付けないとした。この複数のSGを跨ぐ、かつてない規模の標準化作業には、NTT、KDDだけでなく、NECなどの主要取引先が協力した。

蓋を開けてみると、毎回の会合には100件以上の寄書が提出されたという。この各国提案を捌き、勧告文に落とし込む作業チームメンバーとして、進行をバックアップしていた一人が、当時NECの釼吉薫だった。

今までになく組織化されたオールジャパン体制での国際標準化の成功により、ISDNは世界に浸透した。しかし…。まもなくNTTはITUのSGから撤退を表明することになる。インターネットの出現により、方針転換が迫られたのだ。

再びITUへ

NTTにとっても、インターネットの衝撃は如何ともしようがなかった。IPベースのより汎用的で高速通信対応のプロトコル技術が現れたため、64kbpsしか出せないISDNの利用は限られたユースケースに狭められてしまった。NTTはこのIP対策へと標準化戦略の重心が変わったため、ITUのSGに人を送れなくなったのだ。この後、ITUでの日本のポジションを守り抜いたのがNECであり、釼吉薫だった。

あれから30年。歴史は巡り巡って、今、脚光を浴びているQKDネットワークの国際標準化においては、再びITUが主戦場となっている。今度は釼吉が、この標準化を仕切る役回りだ。釼吉に言わせればISDNのときに日本が主導した、「まさにあの時の感覚が甦ってきた」と。ISDNの成功体験の継承と標準化活動の継続が、今実を結ぼうとしている。

現在、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下NICT)に移った釼吉薫は、日本のQKDNの実証成果を取り込みつつ、自ら描いたロードマップに順い、粛々と勧告文を仕上げていく。しかし、この勧告文の文字の裏側には、科学革命の実相が潜んでいる。

(取材・文・撮影:増山弘之)

国際標準化はどのようにして決まるのか

――国際標準化にはいろいろな団体があるが、どこがどういう役割を担い、標準化が決まっているのか

国際標準規格の成り立ちには大きく分けて、デジュール標準とフォーラム標準がある。デジュール標準とは、世界の国家レベルで認証された国際標準だ。一方、フォーラム標準は、業界団体など任意の組織が標準化を行うもの。さらに、近年では地域標準化団体による標準化も行われるようになってきた。つまり、デジュール以外の団体が主導してそれが事実上の標準となることもある。これが、デファクトスタンダード(de facto standard)だ。

電気通信の分野においては、ITUとISOがデジュール標準を決める団体として存在している。ITUは、国連の専門機関の一つとして、世界に電気通信技術を広め、国際協力や経済発展を支えていく役割を担う。国連内の位置づけは、ILO 、IMF、UNESCO、WHOなどと同じ専門機関のレイヤーに属する。事務総局長はHoulin Zhao(中国、2021年時点)が務めている。

もともとITUは、世界の電話番号の振り分けなどの標準化を行っていた。米国は、+01、日本は、+81というように。国際ルールを制定することで、世界中の電話がスムーズにつながるようにしたのが国際標準化活動の始まりだった。

現在のITUは3つの局に分かれている。まずT局は、電気通信を担当している。範囲は広く、音声通信、データ通信、映像配信等を含む。R局は電波の割り当てや、人工衛星の利用、Beyond5G、6Gなど周波数の調整を掌る。D局はディベロップメントのDで、発展途上国のインフラ支援や統計調査活動などを担っている。

したがって、今回話題のQKDやQKDNはT局のマターになっている。

――標準化に関わるようになった経緯を教えて欲しい

大阪大学の修士時代は通信工学科で、待ち行列理論、今でいうIPパケットの混み状況の解消などの研究をしていた。離散系の処理において、どれくらいの量のパケットがどのタイミングで到着するのが最適なのかといった、この研究との親和性もあってNECに入社した。

NECでの最初の10年間は、主にNTT向けの交換機のソフトウェア開発を担当していた。例えば、電話をかけると、アラートという信号が返ってくるが、この時に相手を呼び出だすには、ソフトウェアによる制御が必要となる。

NTT向け交換機はドメスティックなものだったが、あるとき突然、ITU-Tで何かやるらしいとの話が降って湧いてきた。NTTと協力関係にあった富士通、沖電気、日立等と一緒に、いきなり海外出張しないといけなくなった。部下が何十人かいる状態で、2週間いなくなるといった事態。説明しても上司の理解がなかなか得られない。他社も似たような状況だった。

これが、ISDNの国際標準化の動きだった。下地作りが進んでいた標準化に、交換機のソフト開発に関わっていた各社メンバーも参加しはじめたのだ。NTTはISDNの国際標準化に向け本気で動きだしていた。

ISDNは、技術的には交換機とネットワークを介した端末の接続をデジタル化しようというものだ。NTTは世界に先駆け、三鷹の研究所で大規模な実証実験を終えていて、スケーラブルなネットワーク環境での成果を得ていた。ISDNはデジタル信号が国際網を経由して、ユーザー端末のインターフェイス間で、エンドツーエンドの直接送受信がなされるため国際標準化は必須だったのだ。

――標準化の作業とは実際にどのようなことを行うのか

NTTは先ほどの4社(NEC、富士通、沖電気、日立)等を引き連れて、ITU-Tに乗り込んだ。全体で2、30人の標準化特命タスクチームだ。このメンバーで年に2回から3回スイス・ジュネーブに行って、勧告化の作業に取り組んだ。

作業部隊としてやることは三鷹のISDN実証実験で使われたソフトウェアのコードをマッピングして、そのまま英文の勧告文と照らし合わせ、コードが一行ずつ勧告文に対応している状態にするというものだ。“そのまま”というのがミソで、既存の仕様が即、世界標準になることを意味していた。逆に、現場としては、提案したものが通らないと、ソフトの仕様変更が必須となるため、あとあと大変な負荷がかかる。皆睡眠時間を削りながら必死だった。

――アウトプットはどのような形態になるのか

ISDNの基本勧告は、100ページくらいのREDbookという体裁でまとめるわけだが、そこで完了ではない。三者間通話、着信転送、通話中保留といった、様々な付加サービスが出てくると、これらも合わせて標準化していくことになり、結局標準化には数年かかった。気がついてみると勧告文のボリュームは3倍、4倍に増えていた。

これによって、ISDNは多様な技術、サービス規格を入れ込んでの世界標準となったわけだが、達成感の余韻に浸る間もなく、情報通信の世界では大きなトレンドの変化が起きつつあった。つまりIP化の大きな波がやってきたのだ。

――IP化により、何が変わったのか

1989年に、初めて米国で民間ISPサービスが開始されると、またたく間にインターネットが世界を席巻した。IPは可変調のパケットで、汎用性が非常に高く、ブロードバンドであらゆる情報端末が繋がる。そして音声、映像、画像などのデータが、インターネット回線で自在に送受信できるわけだから、必然的に情報通信の世界はIPが支配することになった。

これによって標準化の動きも変わりはじめ、ITU-Tの一極体制が崩れだした。つまり、デジュール標準化ではないところで、標準化が行われるようになってきたのだ。これが先述のフォーラム標準の動きだ。

IPの標準化は、米国の任意団体IETF(The Internet Engineering Task Force)が策定している技術仕様に基づく。任意団体といってもIETFを主導するのはシスコやジュニパーといったネットワーク機器を扱う企業なので、社会実装への浸透力は極めて高い。結果として、フォーラム団体が力を持つようになっていった。

それから少し遅れて今度は、3GPPというフォーラム団体ができた。3GPPは3G以降のモバイルの通信仕様を決めていこうという団体だ。こちらは英BTなどのネットワークオぺレーターやエリクソンなどのベンダーがリードしている。通信の世界では、固定網から、移動網への大きなシフトが起こっていたので、これもまた必然の流れだった。

結局、市場浸透力の高いプロダクトを扱う主要企業プレイヤーが多くいるところが、仕様決定の中心となっていく。これらの影響を受け、ITU-Tの位置づけも変わっていった。技術的な議論がだんだん少なくなり、SDGsというテーマで国連として何ができるか、つまりD局の動きに重心が移ってきたのだ。

さらに、デジュールでもなく、フォーラムでもない標準化、つまり地域標準化団体によるデファクト化も起こってきた。日本では、TTCとARIBが国内標準化を行っているが、こういった地域団体が世界標準を決めていくという、今までは考えられない動きだ。

――地域標準化団体も世界標準を決めると?

この中で突出しているのはETSI (European Telecommunications Standards Institute)だ。ETSIは欧州委員会が設定したマンデートを欧州標準として規格化することが本来の役割だった。欧州各国の標準化団体が参加するパートナーシップ・プロジェクトと言っていてフォーラム活動に近い組織だ。

これが固定網をIP化する動き、NGN(Next Generation Network)の標準化を境に流れが変わった。NGN以前は、ITU-Tの決めた国際標準を地域標準として実装することが主な作業だったが、NGN以降は、グローバル標準を目指しITU-Tよりも議論を先行するようになったのだ。

ETSIはドイツテレコム、オレンジ、BTといったヨーロッパのネットワークオペレーターだけでなく、ノキアなども参加していて、グローバルな展開力を持っている。ETSIは「グローバルスタンダードプロモーター」と自称することもある。ITU-Tからすれば面白くない話なのだが…。

標準化団体同士の鬩ぎ合い

――標準化団体間の主導権争いになったということか?

次第に標準化団体が群雄割拠する状態になり、企業からみても困ったことにITU-Tに出てさえいればよいという状態ではなくなっていった。

このため相対的にITU-Tは地盤が下がってきたのも事実だ。ただ、ITUの特長は国連に属する主管庁が参加していること。5大陸の国がすべて集まってきているので、合意形成は難しいが、いったん合意されると世界に対する浸透力は大きい。

さらに言えばITUの強みは、WTOの国際調達基準になるということだ。日本のグローバル企業のほとんどがこれに準拠している。WTOの条約に定められていると、一定規模以上の調達にはITU基準に準拠していることが必須となる。条約に定めなければ、各国が勝手な国内基準を作り貿易障壁を作ることが可能となるからだ。

とは言え縄張り争いは常に起こっている。身近な例で言えば、郵便局とメガバンクの関係のようなもの。メガバンクが郵便局に対し、「都市部は我々が担当するので民間でできない地方や離島に力を入れて欲しい」と言うがごときものだ。一(いち)フォーラム団体がITU-Tを牽制してきたりもする。

一方、事務局総局長を出している中国からすればITUで技術プラットフォームの標準を作ることが国威を高める場でもある。中国にとっては、ITUにフォーカスし何でもそこでやりたいという思惑がある。

例えば、こんなことが起こる。次世代IPプロトコルの勧告を検討したいと中国が持ってくる。すると、米国と欧州で反対して、提案を取り下げさせるということもある。片や、途上国からすればIPアドレスのように何でも米国主導にはしたくない。ここはITUが標準化を行うのが筋ではないかと、途上国票が中国案に集まることもある。常に鬩ぎ合いは起こっている。

――企業としてはどの標準化を担ぐか判断が難しくなった?

一方で、このように多極化してしまうと、企業としてはどこで標準化を狙うかが戦略的に重要なテーマとなる。ネットワーク関連商材をヨーロッパで展開するには、ESTIだが、アジアに持っていくとなると、タイ、ベトナム、シンガポール…と個々に違う。例えば、ベトナムは半官半民なので、3GPPよりITU-Tの方が国内を通しやすいということになる。

総じて言えば、途上国向けはITU-Tのほうがよい。南米、アフリカ、東ヨーロッパ、アジアではデジュール標準の方が入りやすいのだ。

国際標準化を主導する立場に転ずる

――ISDNの標準化に関わったのち、今度はQKDNの標準化を取り仕切る側に回った経緯を教えてほしい

先述のようにIPがネットワークの主流になり、ポストIPに舞台が移ったことで、NTTはITUのSGでの活動に人を割けなくなってきていた。ただ、政府としてはITU-Tに日本から何らかのグリップが利かなくなるのでは困る。そこで総務省から、(幅広くネットワーク機器を扱っている)NECから人を出すようにとの要請を受けたのだ。その結果、われわれがNTTからバトンを受け継ぐ形になった。

とは言え、議長職、副議長職というもの、これを一回引き受けると、議論の経緯を把握しておいたり、各国キーマンの根回しのために人間関係を維持しておく必要もあるため、継続して出続けないといけなくなる。そんな事情もあって、ちゃんと仕事をするためにはある程度の年数、拘束されることに甘んじなければならない。

こういった経緯でNEC時代にITU-T、SG11の副議長を8年務めた。政治的な枠組みの関係もあって、その後はワーキングパーティ議長として8年、計16年間ITU-Tに関わっている。

ただ、そこにずっと張り付いているわけにもいかないので、通信ネットワークにかかる様々な国内業務をやりながらITU-Tの活動を続けてきた。少なくとも2年に1回は、必ずITUに行く。こういった活動が2010年くらいまで続いた。その後はETSIに場を転じ、標準化活動にどっぷりと関与することになった。

――主な活動の場をESTIに移された背景は?

ETSIではテレコムオペレーターやベンダーが議論をリードしているが、一方で、特定企業のカラーが強くなってくると、公平性、中立性の観点からバランスをとる必要がでてくる。そこで、あるときETSI側から「アジアからもボードメンバーを出してほしい」、とNECに打診があった。社内で誰か適任者がいないかと探すことになったが、誰も手を挙げない。結局、「じゃあ、僕がやります」ということになった。

さて、ESTIの本部は、フランス・コートダジュールのアンティーブから、北のプロバンスに入った、ソフィア・アンティポリスという都市にある。と言っても、森に囲まれた長閑な研究学園都市だ。そこで、1~2か月に1回は集まって会合をやる。それ以外に電話会議を頻繁に行うので、ヨーロッパ時間に合わせないといけない。やはり現地にいないと都合が悪いと、NECヨーロッパに赴任させてもらった。

NECヨーロッパの拠点はロンドンとハイデルベルクにあったが、ハイデルベルクは研究所だったので、ロンドンに席をおいて、ニースとの間を毎月往復した。半日で移動できるので便利だ。ロンドンとニースは時差1時間なのでやりやすい。

ETSIのボードメンバーは20数名いるが、アジア人がボードを担当するのは私が初めてだったらしい。NECでも当然、初めてのことで、直接役員とかけあっていろいろ決めていった。2011年から準備のためオブザーバー参加させてもらい、いよいよ2012年の選挙で立候補した。政治的な話は詳しく言えないが、このとき、NTT以下オールジャパンで支援してもらい、当選することができた。これにより任期3年間、2期務めることになった。

――NECからNICTに転じたのはなぜ?

2018年にNECを定年退職したが、総務省から議長職は続けてほしいとの要請もあり、直後にNICTに移った。ただ、NICTの国際標準化ミッションは研究成果の社会実装のための標準化が基本で、衛星通信、電波系、無線系のものが多い。ITUでは、R局中心で、T局で活動していたことはあまりない。当初は、そことどう絡めるかという課題はあった。

しかし、また大きな転機を迎える。NICTでも2018年に、量子というテーマが盛り上がってきた。ここで、QKDNネットワークの国際標準化に本格的に取り組むという動きが出てきて、ITU-Tでの展開へとつながっていく。

NICTのQKDNと合流

――なぜNICTでQKDネットワークの国際標準化をやろうとなったのか?

その発端は、韓国からSG13(ネットワーク・アーキテクチャーを検討)でQKDNの標準化をやりたいという話が出てきた。韓国はChaesub Lee(韓国)がT局局長を担当し、国家戦略として、ITUで様々な新しい領域での勧告化を行い、国威を高めることを狙っているのだ。

実は、QKDの標準化についての検討は2010年からESTIでもすでに始めていた。ただ、当時は「QKD?クォンタムって何?」というような状況だった。長く基礎研究が続いて、ブレークスルーもなく、ボードの中でも議論したのは1回か2回程度のものだ。

韓国から提案があったとき、そういえばNICTの中にも「QKDの研究テーマがあったな」くらいの印象だった。そんなわけで、日本に帰って数ある状況報告の一つの話題程度に、NICT内でも話してみた。「ITU-TでQKDNの標準化やりたいという韓国人がいるのだが、どう思いますか?」と。

するとNICTもESTIで標準化の議論を提案したことがあったことが判った。ただ、量子物理学の専門家が多くて、ネットワークのことがわからないから中断していたとのこと。つまり、光子を使った送受信機といったデバイスに関心はあるが、ネットワークにはほとんど興味がないらしい。この部会に、たまたまテレコムオペレーターが参加していなかったという事情もある。

そこで、折角ITU-Tで議論が始まったのであれば、QKDネットワークの標準化はITU-Tを舞台にしてやってはどうかと、急遽NICT内で話がまとまった。「釼吉さんもいることだし、じゃあ一緒にやりますか」ということで、NICT内で俄かに国際標準化への動きが始まった。

最初に手掛けたのがSG13(ネットワーク)での、Y.3800~3804基本勧告シリーズだった。SG13では、現在Y.QKDN_frint (SSN秘密分散NWの機能要件、アーキテクチャー)の検討を進めている。

SG17(セキュリティ)では、X.1710セキュリティ概要勧告が完成し、現在X.1712(鍵管理のセキュリティ)、 X.sec_QKDN_intrq (SSN秘密分散NWSSNのセキュリティ)について議論をしている。

そして、SG11(プロトコル)では、2021年1月のTSAG会合にて、検討スコープにQKDが追加された。2021年7月の会合から QKDNプロトコルの議論が本格化するだろう。

ISDNの事例で見たように、標準化を通すには技術仕様の裏付けがあることが鉄則だが、このときベースになったのが、NICTが運用している「Tokyo QKD Network」だ。

「Tokyo QKD Network」が強みに

――短期間で勧告化に成功した理由は何か?

基本勧告の取りまとめに成功したのは、Tokyo QKD Networkの成果によるところが大きい。このTokyo QKD Networkの実証結果をほぼ反映することができた。

Tokyo QKD NetworkとはNICTの佐々木雅英が主導するプロジェクトだ。これはNICTが運用する超高速研究開発ネットワークテストベッド(JGN)の一部を活用して、東京圏に構築された量子鍵配送(QKD)ネットワークを実証に活用するものだ。NEC、東芝、NTT、学習院大学等の様々な産学機関で開発されたQKD装置が投入され、QKDネットワーク技術の実用化に向けた研究開発が行われている。また、QKDネットワークを現代セキュリティ技術と融合した新しいセキュリティアプリケーションの研究開発も進んでいる。

NICTの研究所のメンバーは、もとはと言えば、物理レイヤーの基礎研究が専門だが、今回ネットワークの標準化とつながることで、ネットワークの研究にも端緒を開くことになった。いよいよ標準化と研究の現場がリンクし、実装に近い領域へと話が移ってきたということだ。そして、2021年4月にはNICT内に量子ICT協創センターができ、今、Tokyo QKD Networkを拡大し国内のネットワークを広げる段階に来ている。

――ISDN標準化の成功体験が生きているということか?

その通りだ。ISDNのころはまさに実装ありきで標準化をやっていた。今はそれにすごく近い状況だ。量子暗号通信の標準化の基本形ができて、これからさらに実装に近い領域の標準化に踏み込んでいく。ネットワークをどう構築し、シグナリングをどう接続していくかという具合に標準化と研究開発が、一対一の関係になってきている。ここの標準化を通すためには、ここの実装を最適化していかないといけないという、すごく強いリンクが出来始めた。ISDNの時と成功パターンの相似形になってきている。やはり、Tokyo QKD Networkの基礎技術があったことは非常に大きい。

ただ、この状況を海外勢も黙ってみているわけではない。

QKDNを取り巻く世界の動き

――海外の動きを教えて欲しい

ヨーロッパでは、OpenQKDというテストベッドを作り、現状50個ぐらいのユースケースを検証しているところだ。彼らはどうしたら量子暗号を上手く使いこなせるかという観点から、社会実装に非常に近い部分での検討をしている。現実的には、いきなり量子暗号だけが使われるようになるのではない。そこで、現代暗号を強化したものと、量子暗号が混在した使われ方を想定しているのだ。

次に、中国はいつの間にか暗号通信用の専用ファイバーの距離を4,600㎞まで伸ばした。このネットワークが各都市に蜘蛛の巣のように広がっている。もうすぐ、そこに銀行が乗って、実証活動ができるように大規模な実証環境整備を進めている。

この点、Tokyo QKD Networkは、先々のスケールアウトを考え、システマティックに進めている。ネットワーク構造、アーキテクチャー、サービスを一体的に考え、検証できるように実証実験を行ってきた。局地的に成功したものが、大規模に展開できるように、最初から階層構造を考えて取り組んでいるのだ。

結局、標準化を主導するには、勧告に記述されている内容の文言そのものよりも、背景にある実装の仕様が重要だ。全体が100あるとすれば、勧告文にはそのうち10だけを出しているにすぎない。つまり、90の実装部分の話は隠されている。ここの部分で実証実験をもとにしっかりした技術的背景がわかっていないと、SGで議論されている内容が本当のところ分かっていない状態になる。分かっているこちら側としては、どのような質問が出てこようが論理的に説明できるというわけだ。だから議論を主導できる。

とは言え、仕様を標準化し、公開したということは、実用化に向けた競争がいよいよ激しくなる。日本は技術的な検証が進んだが、実際の社会実装に向けては安心していられるわけではない。

企業が取るべき標準化戦略、標準化活動の意義

――企業の標準化戦略の在り方を教えて欲しい

どこまで国際標準化に対応するかという議論はもちろんある。先行して標準化を成功させたとしても、実装についていけないということは起こり得る。

実際にはプロダクトが売れなければ話にならないし、数字につながらなければ会社から評価をされるわけでもない。そんな中、そもそも標準化機関に人を送り込みコストをかけるべきなのかという議論は当然ある。

ただ、ベンダーから見ると、標準化団体は将来のネットワークはどうあるべきかという議論をしているわけで、自分たちは本来どんなネットワークが欲しいのかを膝を詰めてイメージを共有することには価値がある。

ベンダーからすれば、次に何をすべきかがわかるし、研究機関からすれば研究テーマにもなる。必ず事業になるわけではないが、議論の場は多いので、重要と思うところに参加するべきだろう。情報収集するだけに止めるのか、リーダーシップをとって規格を通していくのか、それは企業の戦略次第だ。

標準化するプロセスではたくさんの議論が出ることで、あるべき仕様への理解が深くなっていくが、すでに決まった標準化に準拠したプロダクトを素早く作るという戦術もある。しかし、標準化議論を踏まえて作るものと、そうでないものとではものづくりの深みがまったく異なってくるはずだ。

――標準化への取り組みに正解を出すのは難しいことがよくわかったが、なぜ、そもそも会社から評価されるわけでもない仕事を今まで背負ってきたのか?

そこはよく聞かれるところだ。なぜそれが重要なのか、突き詰めれば、世のため、人のため、日本のため、そして、そういった活動がゆくゆくは会社のためになるということだ。

ITU-Tは世界のSDGsのために動いているし、世界のための国連活動ということになるから、当然会社とは次元の違う位置にいなければならない。さらに議長副議長職ともなれば、日本を背負う活動にもなる。そこで標準化ができて、結果的に、プロダクトが売れるようになれば回りまわって会社にも貢献できることになる。

――国際標準化に関わって見えてきたものは?

文化交流や議論の大切さだ。会議に出ていると、思ったこともないような論点で議論が始まったりする。何でこんな話を切り出すのか。お互いの話をよく聞かないとわからない。とことん議論をしてもらい最後にお互いに満足できるレベルに着地させる。こういったプロセスを経て合意に達していくことは標準化の醍醐味でもある。

さらに言えば、議論そのものも大切だが、その前提となる異文化理解のプロセスはもっと重要だ。ロンドンでの体験で言えば、日本から見ると、欧州人は英語を自在に操ってコミュニケーションしているように思うかもしれない。だが英語を話しているのはイギリス人だけだ。他の国の人は英語が上手いわけではない。飲みにいったりすると、スぺイン、フランス、ドイツ語が飛び交い、時々こちらに英語で話しかけてくれるといったようなコミュニケ―ションになる。それがヨーロッパの多様性なのだが、人種によって何人は何人が嫌いとか好きとか過去の歴史を引きずっているものもある、そういった背景の理解も重要だ。

そして、ESTIには、ユーザーグループもいれば、コンサルタントもいるので、実にいろんな意見が出る。アジアで議論すると、比較的共通の意識があるのでかえって分かり合おうという努力はしなくなる。グローバル化された世の中では、世界をつなぐ理解、話し合いがベースになっていかないといけないと思う。

また、当然議長には、公平性、中立性が求められる。ETSI のボードはETSIのために働けというのがミッションだった。ITUの話に戻せば、通信でどうやって世界に貢献するのか、新しい価値をどうやって生み出せるのか、立場を離れてやるべきことが何かを検討していく姿勢が重要となる。

――最後に今後の展望を教えて欲しい

今、QKDNは標準化と実装とがシンクロして理想的な状態となってきた。QKDNは2022年~23年には標準化と実装が同時に進んでいき、実証段階で仕様の違う、マルチベンダー間の相互接続に必要なプロトコル仕様の標準化やベンダー間の実装の差異を解消することができる。また、ネットワークオペレーターの調達仕様として共通化もできるようになる。2025年には、通信事業者、マルチベンダー間で都市間規模の量子技術プラットフォームができ、いよいよ社会実装がなされていくだろう。