量子計測・センシング技術推進委員会若手インタビュー 光格子時計で、世界に先駆け19桁の精度に挑む

東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 香取研究室 講師 牛島 一朗

原子時計の一つである光格子時計は、2021年9月、香取秀俊教授がGoogleのブレイクスルー賞を受賞するなど、その革新性が認められ、一般にも認知が進んできた。われわれが今、日常的に体験しているのは、セシウム原子時計の刻む時間だ。現在のセシウム原子時計は、10⁻¹⁵(マイナス15乗)、15桁の世界で、3000万年に1秒しか狂わない。今、光格子時計は、10⁻¹⁸、18桁精度での実用化に向けた実証が行われている。18桁の時計が生み出すのは、300億年に1秒しか狂わない精度だ。世界各国の研究者達は、新しい桁で秒の定義を変えようと鎬を削っている。さらに、その上の19桁の世界に挑んでいるのが、香取研究室の次代を担う牛島一朗講師だ。これ以上精度を高めてどうするのだと思われるが、原子時計は、桁が変わることで相対論の時空のゆがみが身近に測れるなど、超高精度な物理センサーとしての姿を現わす。

(聞き手・構成・撮影:増山弘之)

光格子時計との出会い

――物理に興味を持たれた背景や、今の研究に至る経緯を教えてください。

高校生になって、物理に興味を持つようになりました。電気や磁場、熱など目に見えない現象が不思議でたまらなかったのです。それが物理の法則にしたがって作用しているのだと、だんだんわかってきました。いちばんインパクトがあったのは、粒子でもあり波でもあるという、光の振る舞いです。また、授業でアインシュタインの相対性理論の話を聞いたりするなかで、宇宙は何と不思議な事象に溢れているのか、これらを解明していくことは面白いなと思いました。

「人が想像できることは、必ず人が実現できる。」というジュール・ベルヌの言葉が好きです。こうあるといいなと思うことが、物理学者のアイデアをきっかけとして実現していく。例えば、手紙でしか伝わらなかったメッセージが、電話になり、電波を通して伝達できるようになっていく。何もないところから形にすることができる、そういった物理へのあこがれが強くありました。自ずから大学の進路も物理が学べるところと決めたのです。大学の選択については、先生から「君は、東が好きか、西が好きか?」と聞かれ、なんとなく「東です。」と答えたら、「それなら東大を目指しなさい。」と言われ、選択した(誘導された?)という話です(笑)。

大学に入ると3年次から専攻が決まり、いよいよ物理学科で量子力学や量子光学を中心に学びました。とりわけ、光やレーザー、冷却原子に興味を惹かれましたね。それが高じて、単なる既存の知識だけではなく自分で実験し、成果を見てみたいと、大学院への進学に至りました。光格子時計を知ったのは、院試のタイミングです。基礎物理をやるか、物理工学をやるかといったとき、香取研究室ではレーザー光による冷却原子を扱っていた。なので、その時は時計を作るというよりも、何が実験できそうかを調べてみたら、香取研究室に興味深い実験環境が整っていたということです。

当時の研究室では、ストロンチウム原子を冷却し、フェルミ縮退気体の実現を目指していました。修士課程ではその冷却装置を自作し、実験をしました。手取り足取り教えてもらいながら作りはじめ、装置を組み上げて、縮退前の予備冷却された原子集団の生成にいたりました。ただ、納得した成果が出たとも言えず、やるならきちんとした成果を出したいと思い、博士課程に進むことにしました。研究者は、大きな成果を獲るまで頑張ってほしいという、香取先生の指導方針もあり、成果を出すまでやってみようという意識がありました。

博士課程では、いよいよ世界最先端の光格子時計を作ることで、18桁精度の時計周波数比較を実現し、何もなかったところから、新しいものを作りだすことができました。まったく初めての取り組みで学ぶことも多く、ものづくりの醍醐味を体験できました。

光格子時計~秒の定義を変える新たな原子時計

――時計の研究とはどんなものなのでしょうか?

時計の研究とは何であるかを、一言でいうと、周期現象(振り子)の振動数を正確に測り、「秒」の定義を作ることです。時間(𝑡秒)は、周期現象(周期𝑇)である振動子が𝑓₀回振動する時間を1秒と決めるものなのです。

超高精度な1秒が測定できる光格子時計とは、2001年に香取准教授(当時)が考案した次世代の原子時計です。「魔法波長」という特別にチューニングしたレーザー光を干渉させて「光格子」をつくり、そこに原子を捕獲します。捕獲した原子は原子固有のある周波数𝑓₀でだけ振動が可能なので、計測用のレーザー光(振動数𝑓)を当てると、𝑓= 𝑓₀の時に光を原子が吸収し、原子の振動数がわかります。計測したレーザー光の振動周期T=1/𝑓≅1/𝑓₀をもとに、1秒は1(秒)=𝑇×𝑓₀と定義されるので、原子が吸収する振動数を正確に測ることが、時間を正確に決めることになります。

もう少し説明しますと、原子にレーザー光を当てる時、微妙に周波数をずらしながら当てて行きます。レーザー光の周波数と原子固有の周波数𝑓₀=⊿E /h (二準位の量子系)がぴったり合った瞬間、原子は基底状態から 励起状態に変わり、量子跳躍が起こるのです。つまり、原子自体が振動するのではなく、ぴったり合った周波数のレーザー光だけを吸収することができます。これが「原子の振り子」で、原子は固有の周波数𝑓₀(原子の共鳴周波数)の光だけを吸収することができるので、原子に当てる計測用のレーザー光の周波数を原子が吸収するように常にフィードバックし、そのレーザー周波数を計測することで、原子の振り子の振動数を計ることになるのです。

しかしながら、現実には原子の運動や、電場や磁場などの外乱による摂動で、原子の周波数𝑓₀がシフトを起こします。そこで光格子で原子の運動を、魔法波長によって光格子の電場の影響を抑え、外乱が無い状態(無摂動状態)の原子の共鳴周波数𝑓₀を正確に測定するわけです。

時計の精度δ𝑓/𝑓₀δ𝑡 / 𝑡 = δ𝑓/𝑓₀(𝑓₀: 原子の共鳴(時計)周波数, δ𝑓: 真値からの不確かなゆらぎ) で、表されます。例えば、機械式時計のような3桁精度の時計であると、

𝑓₀ = 1 kHz, δ𝑓 = 1 Hz => δ𝑓/𝑓₀=10⁻³という具合に。

――現在の原子時計と光格子時計との違いや、課題を教えてください。

現在、われわれが拠っている時間標準(国際単位系SI)の定義は1967年になされたものです。これによると「秒」の定義は、セシウム原子( 133Cs) のマイクロ波遷移(9.2 GHz) に対する放射の周期の9,192,631,770倍に等しい時間となります。セシウム原子時計で作られている、現在の国際原子時(TAI)は、15桁の精度で決まっています。これは、世界各国にある原子時計の加重平均をとった時間となっています。

セシウム原子時計は、𝑓₀ = 10¹⁰ 周期のマイクロ周波数を当てて測定します。 これにより、確かさ δ𝑓/𝑓₀は10⁻¹⁵、10秒/日 (1秒/3000万年) となり、3000万年に1秒しか狂わない時計になっています。これが光格子時計になると、 ストロンチウム原子に𝑓₀= 10⁻¹⁴ 周期の光周波数を当てると、確かさは10⁻¹⁸となり、 1秒/300億年(0.5秒/宇宙年齢)、300億年に1秒しか狂わない、といった桁違いの精度が出せるのです。

さて、ここで、光格子時計の精度を阻む、主な要因が2つあります。 その要因(外乱・摂動)の一つは、次のような光シフト(ACシュタルクシフト)と呼ばれる摂動です。

h(𝑓 – 𝑓₀) = − 1 /2 { 𝛼𝑒𝐿)− 𝛼𝑔𝐿)}𝐸(λ𝐿)² + 𝑂(𝐸⁴)

光格子時計は先述のように、原子を光格子(波長λ𝐿)に捕獲するのですが、その光格子の電場によって、共鳴周波数がシフトを起こします。これに対して、光格子の波長λ𝐿を先述の魔法波長に調整し、光シフトを抑制します。この特別な波長λMのレーザー光で光格子を構成し、光シフトが抑制できるのです(𝛼𝑒(λM)− 𝛼𝑔(λM) = 0となりシフトが相殺される)。

ところが、18桁精度での実験をしてわかったことですが、18~19桁精度の光格子時計では、光シフトの高次、多重極光シフトの影響、先述の式の𝑂(𝐸⁴)が見られます。

そこで、この非線形な高次の光シフトを含めた、 新たな魔法波長「実効魔法波長」を決定し、19桁精度へ向けて取り組んでいるのが今の研究のひとつのテーマになります。

――時計の精度を阻害するもう一つの要因は何でしょう?

もう一つの要因とは、 黒体輻射(BBR)シフトです。 温度を持つあらゆる物体は、黒体輻射と呼ばれる熱輻射を放出しているのですが、熱輻射の電場𝐸BBRによって、共鳴周波数がシフトを起こします。原子を捕まえた光格子の周囲は室温(300 K)の真空槽ですが、高温でなくても、その壁等から放出される熱エネルギーによって黒体輻射が起こるのです。

ストロンチウム原子に対する黒体輻射シフト: 𝜈BBR = − 1/2( 𝛼𝑒−𝛼𝑔 )〈𝐸BBR²〉 ≈ −2 Hz (⇒ 5 × 10⁻¹⁵)

室温であっても、原子周辺の温度の不確かさが100 mKあるだけで、黒体輻射𝐸BBR ≈ 8.3 V/cm の影響により、17桁精度で制限されるのです。

⊿νBBR0 = 1×10⁻¹⁷

これに対し、黒体輻射シフト及び、その周波数の不確かさは、低温環境を準備することで大幅に低減できることが実験で確認されました。この「低温動作光格子時計」ですが、真空槽内に100 Kの低温恒温槽を準備し、そこで原子の共鳴周波数の計測をする方法をとりました。その結果、18桁精度の光格子時計を実現できました。

光格子時計の応用と実用化

――そもそも、今過剰スペックとも言える時計を作る狙いはどこにあるのでしょうか?

そんなに高精度な時計を何に使うのだという疑問が当然起こると思いますが、原子時計計測は、量子測量の頂点とも言われます。時間が極限の精度で正確に測れることで、時間をもとに物理系の様々な現象が測定可能になるからです。先述のように、特定の周波数ν0の光を当てると、原子はそれを共鳴的に吸収して励起状態に遷移し、やがてその光を自然放出して元の基底状態に戻る。この光の周波数が原子種と物理定数だけで決まる普遍的な値であることが肝になっているのです。

高精度な光格子時計はあらゆるシフトを検知するプローブ(探索機)としても活躍します。例えば、2台の時計に対する一般相対性理論による重力シフトを考えてみます。2台の時計には高さの差𝛥hがあり、低い方の時計の共鳴周波数をE/h=ν₀、高い方の時計の共鳴周波数をE’/h=νとします。

質量とエネルギーの等価性Ep = mc²の法則により、基底状態の原子核の質量をM とすると、励起状態の原子核の質量M’ = M+Ep /c²(Ep /c²が光子の質量)となります。すなわち、この励起状態の原子を高さ𝛥hだけ持ち上げた時のエネルギーは、E+M’𝑔 𝛥h となります。 次に、高い所にある励起状態の原子が基底状態に戻ることを考えると、E’+M𝑔⊿h = E+M’𝑔𝛥hであるため、E’ = hν = hν₀(1+𝑔𝛥h/c²)となり、重力ポテンシャルシフト𝑔𝛥h/c²が生じます。18桁精度の時計では、この重力ポテンシャルシフトを、𝛥h = 1 cmの高低レベルで確認できることがわかります。

つまり、現在の測地の精度を超えるような精度で、相対性理論による「時間の遅れ」から標高差を導き出すことが可能となるのです。2つの時計を比較することで、低い位置にある時計のほうが、持ち上げられた時計よりも時間の進み方が遅く、18桁精度の時計を用いれば、わずか1 cmの高さの差を検知できることになります(相対論的測地)。

ただ、測量に資するためには据え置き型の大型光格子時計だけがあればよいということではなく、相対論的測地ができる複数の時計による時計比較が必要です。つまり、このための光ファイバリンク網と、持ち運びができる可搬型光格子時計が必須となります。実際にわれわれは、東京スカイツリーの0 mと450 m展望室との間で、可搬化した光格子時計を設置し測地の実験をしました。

――なるほど、それで、小型化が重要なテーマとなってくるわけですね。その可搬型の光格子時計での実験とはどのようなものでしょうか。

香取研究室では2台の可搬型光格子時計を開発し(それぞれ時計1(master)、 時計2 (slave))、2台の時計周波数差から重力シフト𝑔⊿h /c²を計測しました。この2台の時計周波数は通信波長帯の伝送用レーザーを用いて光ファイバでリンクし、周波数差を計測します。

東京スカイツリーの0 m地点に時計1を、450 m展望室に時計2をそれぞれ持ち込んで設置し、相対論の重力シフト検証に供したわけです。研究内容は次のようなものでした。

𝛥h=450 m相当の重力シフトは、𝛿𝜈𝑔~21 Hz (=5×10⁻¹⁴)です。

この一般相対論による重力シフトが何桁まで本当に正しいのかを検証をするため、𝛿𝜈𝑔/𝜈₀ =(1+η)𝑔𝛥h/𝑐²の相対論的パラメータηの値を求めました。左辺の𝛿𝜈𝑔/𝜈₀は18桁精度の時計比較により求め、一方で、右辺の𝑔𝛥h/𝑐²は、従来の測地方法であるレーザー測距やGlobal Navigation Satellite System (GNSS)で求めます。これらの結果を比較して相対論的パラメータηがどれだけ0であるかを検証したのが、スカイツリーでの実験でした。今までの相対論検証の先行研究では、衛星を使った宇宙規模(𝛥h~10⁴ km)のもので、ようやく5桁精度の検証実験でしたが、われわれは、地上の建物(𝛥h~0.5 km)と高精度な時計によって、衛星実験と比肩する5桁精度での検証に成功しました。

――光格子時計の社会実装はどのように進んでいきますか?

これからの光格子時計のチャレンジは、任意地点での時計周波数の観測(=測地)を、いつでも、どこでもできるようにすることです。つまり、光格子時計のさらなる小型化と堅牢化です。今は車載サイズにまで開発が進みましたが、今後は、家庭用冷蔵庫以下のサイズを当面の目標として開発を進めています。

小型化が進み、常時安定動作可能な時計を作り、各地に配置することが出来れば(光格子時計ネットワーク)、光格子時計による時間インフラが形成され、GPSに依存しなくても、車の自動運転や位置情報の高度掌握ができます。また、日本の国土の(環境、海洋、気象、地質における)精緻な監視、探査が可能となります。例えば、南海トラフ地震がいつくるのかは、なかなか予測しづらいことですが、光格子時計を使えば、1cm単位でプレート周辺の動きがわかるため、地震予知につながる可能性があります。

さらに、高次の光格子光シフトを考慮した実効魔法条件の検証など、19桁精度の時計の実現といった更なる高精度化の研究も進めています。 2台の時計を19桁=1 mmレベルの精度で比較ができれば、GNSS等の既存の測地技術では到達できないような超高精度でリアルタイムに測地が実現できるようになります。mm精度での測地 、潮汐効果による周波数変動や、地殻変動、火山活動のモニターなどができるようになるわけですね。

もっと言えば、物理研究者をわくわくさせるのは、ダークマターの解明です。光格子時計のネットワークを使えば、微細構造定数αの恒常性を測定できます。ダークマターの影響による微細構造定数𝛼 = 𝑒²/4𝜋𝜀₀ℏ𝑐の変動を時計周波数の変動としてとらえるのです。

微細構造定数として知られるこの値は、真空中の荷電粒子の振る舞い(ε₀)を含む電磁(e)相互作用に関して、相対論的な性質(c)と量子論的な性質()を結びつけています。

時計周波数は微細構造定数αの値と関係しており、ある時計に、もしαの値を変動させるほどのダークマターが横切った場合、その時計の時間だけずれることになります。現在そのような理論研究が活発化しています。時計のネットワークは時間の共有だけでなく、宇宙の真理を知る重要な鍵になるのです。

世界中で光格子時計のネットワークができれば、ダークマターの測定に重要なデータを与えることができるかも知れませんね。

――凄いお話ですね!センサーとしての時計の意味がわかってきました。さて、話題を変えて、量子ICTフォーラムとしての質問です。量子ICTフォーラムに期待することを教えてください。

先日、光格子時計の基礎講座を企画していただき、いつもの専門分野以外の多くの方々に聞いてもらえ、興味をもっていただける場ができたことを感謝しています。こういった機会が増え、企業の方々と共同研究ができたらありがたいですね。応用範囲を拡げる意味で、地震などの測量分野、宇宙関係、ビッグデータなどに関心がある企業さんと話を色々話してみたいです。

――最後に尊敬する科学者、研究者の方はいらっしゃいますか?

高校生の頃は物理に興味を持たせてくれたという意味ではアインシュタインでしたが、今では、もちろん香取先生です。香取先生は想像力がどんどん膨らむ方。行き詰った時に、相談すると「これやってみたら?」という思いもつかなかった方法を提示して下さいます。アイデアが豊富なので、「これやってみたら?」が次々と出てきて、とても全部実行することはできなかったのですが、その中でも必死にできるだけのことを選択してやってきました。結果的に自主性にまかせて頂いているのだと思います。ただ、正直18桁の精度を出す実験をやっていて少し行き詰っていたころは、この実験は本当に終わるのか、「香取先生も無茶を言うな」と思っていました(笑)。今では、そのような挑戦的な研究ができたことに大変感謝しています。

為せば成る。粘り強く頑張ることが大切だ。18桁精度の時計も本当に実現できるのかと思うこともあったが、一つ一つ課題をクリアし達成できた。19桁精度も粘り強くやっていけば必ず達成できると確信している。学生には興味のある分野を見つけ、熱中してもらいたい。