量子計測・センシング技術推進委員会若手インタビュー 1個のスピンを計測できる究極の磁場センサで材料分析や病理診断の世界に革命をもたらす

東京工業大学 電気電子系 波多野・岩﨑研究室 博士学生 D3 辻 赳行

量子を利用したセンサ技術は、磁場や温度、圧力など外界の変化に非常に高感度に反応できるため、幅広い用途でイノベーションの可能性が期待される。その中でもダイヤモンドセンサは、室温環境下で動作する点が大きな特徴で、実際の社会環境での利用や生体の観察に適し、さまざまな変化を高感度に計測できる。

東京工業大学の波多野・岩﨑研究室では、このようなダイヤモンドの量子性を利用した超高感度量子磁気センサの研究が行われている。同研究室の辻赳行さんが取り組むのは、そのセンサに欠かせない高性能なダイヤモンドを高速かつ高効率に成膜する研究だ。修士課程を修了して一旦は就職したのち、博士学生として研究室に戻った辻さん。ご自身の研究内容や意義、研究にかける思いを伺った。

(取材・構成・撮影:小泉真治)

高性能なダイヤモンドをいかに効率よく成膜するか

——研究内容について教えてください。

プラズマCVD法を用いて、高性能なダイヤモンドサンプルをより効率よく成膜するための研究をしています。研究室の装置でダイヤモンドを合成し、量子状態の性能を評価してより良い材料をつくろうというのが私の研究テーマです。一つ例をあげれば、ハイパワーなCVDでダイヤモンドを高速に合成する技術の研究があります。

ダイヤモンドを高感度センサとして機能させるためには、ダイヤモンド中にNVセンターと呼ばれる量子特性を持つ状態をたくさんつくる必要があります。例えば、量子状態が1個の感度を1とすると、量子状態が100個あれば感度も100倍になります。1個よりも100個、100個よりも1万個と、数が多いほどいいです。つまり、量子状態が入ったダイヤモンドをより大きくしたいという要望があります。

しかし、これまでの合成技術では、1時間かけてつくったとしても、たかだか1ミクロン程度のダイヤモンドしかできませんでした。センサとして使うためには、300から500ミクロンの大きさがほしいところですが、一つのダイヤモンドを生成するのに500時間もかけていられません。ですから、ダイヤモンドの質は担保したまま、どうにか早く効率よくつくる技術が求められているのです。

そこで、一般的にダイヤモンドの合成に用いられるCVDという方法を改良して、高速にダイヤモンドを成長させる技術を開発しました。この方法であれば、1時間あたり6ミクロン程度、つまり6倍の早さでダイヤモンドをつくれます。20時間弱で100ミクロンになるのであれば、やっと現実的なラインが見えてきたといえるのではないでしょうか。

——どのようにしてダイヤモンドを高速に合成するのですか?

結論からいうと、ダイヤモンドを合成する装置に「チャンバー」という部分があり、この形を工夫しました。

ダイヤモンドの合成は、まずダイヤモンドの種となる基盤をチャンバーの中に入れます。そしてダイヤモンドの原料であるメタンガスをマイクロ波でカーボンと水素に分解して、確率的に基板表面の近くに来たカーボンと水素を一層一層積んでいくように、再結合させて行います。ですから、メタンガスをいかに効率よく分解するかがカギになります。

効率よくメタンガスを分解するには、マイクロ波の出力を上げるのはもちろん、チャンバーの形も重要です。波には、山と山が重なると強め合う特性があります。その特性を利用して、チャンバーを卵型にすることで、マイクロ波がダイヤモンドの基盤直上に集中しやすくなるようにしました。これにより、メタンガスが効率よく分解され、確率的に安定して基盤に吸着する。だから合成スピードが早くなるのですね。

——ダイヤモンドセンサは、どういった分野での活用が期待されますか?

まず私が目標としているのは、脳磁といって、人の脳の電気的な活動から発せられる非常に微弱な磁場の検出です。脳磁の測定は現在でもMRIを使えば可能ですが、超伝導技術を利用するMRIは装置が大型となり、非常に高価です。

一方、ダイヤモンドセンサは室温環境下で動作する上、センサのサイズも小さいため、装置の小型化や低価格化が実現できるのです。社会実装が進めば、病院のみならず、各家庭で手軽に脳磁の測定ができるようになるかもしれません。脳の活動だけでなく、心臓の活動や、DNA・タンパク質・細胞といった、今までのセンサでは計測が困難だった分野への応用も期待されます。

さらに、ダイヤモンド中の量子状態を使ったセンサは、温度や圧力なども同時に測定できるため、運転者の監視・支援といった自動運転技術などのライフサイエンスをはじめ、さまざまな産業分野にも活用が広がると考えています。

論文の面白さに目覚め、再び研究者の道へ

――量子の分野に関心を持たれたきっかけを教えてください。

実は、大学4年生のときに現在所属する研究室に配属されて、初めて量子というものがあることを知りました。この研究室を選んだ理由も、立地や環境がよかったから。量子は面白い分野ですが、実は、量子が好きだから研究を続けているわけではありません。ではなぜ研究を続けているかというと、私は論文を書くことが好きだからです。論文を書くためには、そもそも物理的に新しいもので、世の中のためになるものという2点がそろっていなければなりません。研究テーマとして何をすれば論文になるか、それを考えたときに量子があったということです。

——論文を書くことが好きな理由はなぜですか?

先行研究を読みながら「何がまだ見つかっていなくて、何をすれば新しいことになるのか」を、そもそもの疑問として捉えて考えるのが面白いと感じます。疑問を見つけたら、どう解決するかを書き示し、そのためのデータを実験から取る。いわば実験も論文を書くための手段。論理的に何をすれば人々が納得するのか、そういう思考ゲーム的なところが好きです。

論文が面白く感じるようになったのは、修士2年のときに初めて読み解けるようになってからです。英語をしっかり理解して読むと、どの論文もきちんと論理的に書かれていることがわかりました。この研究の何が新しくて、世の中で何が見つかっていなくて、この研究がどう世界の役に立つのか。あらゆる論文には、そうした最初のモチベーションが必ず書いてあります。もともと量子や実験も好きなほうではあったと思いますが、「なるほど、論文はこうやって書くのか」とわかってから、論文がとても面白く感じるようになりました。

——一度は就職されてから博士課程に戻られたのは、やはり論文が書きたいという思いが強かったからでしょうか。

はい。修士の場合、就職活動は主に修士1年の終わり頃に行います。私も、修士1年の終わり頃には就職が決まっていました。でも、修士2年になって論文の面白さに気づきました。とはいえ、すでに就職は決まっていましたから、あまり深く考えずに就職を選びました。しかし、就職後も自分できちんと論文を書けるようになりたいという気持ちは強く残っていたため、退職して大学に戻り、博士課程に進むことを決意しました。

今は論文執筆に没頭する毎日ですが、まだ自分の論文に納得はしていません。もっと価値のある素晴らしい論文が、世の中には山ほどあるので。

——今後の研究の展望を教えてください。

今研究しているダイヤモンド形成の技術ひとつを取ってみても、まだまだ多くの改善の余地があります。一番の課題は、量子状態を持つダイヤモンド中の物質(NVセンター)の成膜効率を上げることです。

NVセンターは、ダイヤモンド中に窒素原子を混ぜることで量子状態をコントロールするものですが、その窒素の中で量子状態を持つものは、100個に1個ほどしかありません。たった1%しかないので、せっかく1万個の窒素を入れても、その100分の1しかセンサとして機能しないのです。ダイヤモンドセンサは、NVセンターの数が多いほど磁気感度が向上するため、NVセンターの成膜効率の向上は必須課題です。まずはこの課題解決に向けて注力したいと考えています。

自分の主観的な気持ちを信じて邁進あるのみ

——研究者としての日常も伺いたいと思います。休日はどのような過ごし方をされていますか?

サッカー観戦が好きで、スタジアムにもよく足を運びます。応援しているクラブは、私の地元に近い鹿島アントラーズです。中でも鈴木優磨選手は、大のお気に入りです。彼は鹿島アントラーズの下部組織からずっと“鹿島一筋”で育ってきて、いったんは海外移籍して活躍しましたが、その後「鹿島を優勝させるために帰ってきた」と復帰。鹿島アントラーズを牽引する中心選手として活躍しています。そういう鈴木選手の強いモチベーションや、プレーする姿を見るのが好きです。

麻雀も、よく研究室の仲間と打ちます。麻雀は考える要素が多く、ものすごく緻密なゲーム性があります。例えば、最終的に一番多く得点した人が勝ちなのに、無理して上がりにいってはいけない局もある。どういうことかというと、一局で上がれるのは4人のうち1人だけです。誰も上がれない「流局」もあるため、上がれる確率は25%もありません。だから、自分が上がれない残りの75%で何をするかが非常に大切だと考えます。例えば、自分の手牌がよくないときは上がりを狙わず、捨て牌を工夫して相手を疑心暗鬼にさせることもできます。多角的な要素が絡みながらも、どうすればゴールに到達できるか常に考えて動くところが、面白いと感じます。

——最後に、量子に興味を持つ「未来の研究者」に向けてメッセージをお願いします。

学問としての量子の面白さと、研究の面白さは別物だと感じます。量子が面白いからというだけではなく、やはり研究には「何が新しいか、何をすると世の中のためになるか」という2軸が必要だと思います。量子は比較的新しい分野ですが、それに加えて、まだ開拓し切れていない部分が多く、特に材料の面では改良の余地が十分にあります。そこに研究の面白さがあると思っています。

そして研究が面白いと感じたら、迷わず博士課程に進むことを勧めたいです。就職や収入のことが気になって、博士課程を躊躇する人の気持ちはとてもよくわかります。なぜなら、私もその経験があるからです。研究に興味のある方々は、自分の主観的な気持ちを信じて邁進してほしいと思います。