量子計測・センシング技術推進委員会若手インタビュー 広範かつ革新的な研究で世界第1位の高感度化に挑戦
量子科学技術研究開発機構 量子技術基盤研究部門 高崎量子応用研究所 量子機能創製研究センター 主任研究員 増山 雄太
がんの早期発見や転移の位置特定など、医療分野への応用にも期待が高まる量子センシング。生体内の微小な磁場信号を計測するためには、量子センサーをより高感度化する革新的な技術の開発が不可欠だ。量子科学技術研究開発機構の増山雄太さんは、ダイヤモンド量子センサーにおいてより高い感度を出すため、様々な量子制御手法などを用いた先進的な量子センシング技術の研究に取り組む。その研究は、ダイヤモンド以外での量子センサーの開発や量子センサーの半導体デバイス評価などへの応用研究まで広範囲にわたり、量子センシングの応用発展に挑戦している。
(聞き手・構成・撮影:小泉真治)
<目次>
ノイズへの耐性が高感度センシングのカギ
――研究の概要を教えてください。
現在取り組んでいる研究テーマは多岐に渡っていますが、基本的には、博士研究員の頃から取り組んでいる量子センシングを中心にしています。高感度な量子センサーの実現を目指しながら、パワーデバイスの評価などの量子センサーを用いた応用研究にも研究領域を広げてきました。最も重要な目標は、量子センサーの感度を向上させ、それをさまざまな社会的応用に生かすことです。また、長期的な目標としては、新しい量子ビットを生み出したいです。現在、ダイヤモンド以外の物質を用いた量子センサーの開発を行っており、革新的な新しいカラーセンターが見つけられると良いなと思っています。
――現在の主な研究テーマには、どういったものがありますか?
ノイズに対する耐性の高い、高感度な量子センサーの開発が主な研究テーマです。一般的な高感度センサーは、例えばカメラやマイクなどでも同様ですが、センサーの感度が高いほど検出されるノイズが増えます。そのノイズが、センサーの限界まで入り込み、センサーを飽和させたり、高感度なセンシングを妨げたりします。量子センサーにおける、この問題の解決を目指しています。
私が現在研究しているワイドバンドギャップ半導体を用いた量子センサーであれば、センサーの飽和を防ぎノイズ耐性を大きく向上させることが期待されます。バンドギャップは半導体の指標の一つで、それが一般的なシリコンなどの半導体よりも大きい半導体をワイドバンドギャップ半導体といいます。例えば、ダイヤモンドやシリコンカーバイドなどが該当します。これらの中にカラーセンターと呼ばれる欠陥を形成することで、量子センサーとして機能する量子ビットになります。量子センサーにおいては、ダイヤモンド中のNVセンターが代表的なカラーセンターに当たります。カラーセンターは、磁気ノイズが増えても飽和しにくい特性があるため、私はダイヤモンド中にNVセンターを形成するセンシング手法を用いています。
高感度な量子センシングの達成に向けては、過去数年間、二つの方向性で研究に取り組んできました。
一つは、測定対象に対して複数の量子センサーを使用する方法です。測定対象に近いセンサーと遠いセンサーを配置することで、いわゆるノイズキャンセリングを行うことができます。私の開発したセンシング手法をベースに、他の研究者も応用研究を進めてくださり、自動車などのノイジーな環境でも高感度にセンシング可能な手法として用いられています。
もう一つは、ダイナミカルデカップリングという量子制御手法を用いて、量子操作によってノイズをキャンセルする方法です。量子センサーにノイズ除去パルスを送りノイズが影響しないようにするイメージです。量子センサーが得られる信号にフィルターをかける効果があり、必要な周波数の信号のみを検出可能にします。この手法を量子センサーにおいても実装することに成功し、高感度な量子センシングを実現しました。
“奇跡のダイヤモンド”を超えて世界一の感度へ
――ノイズをいかに軽減するかが重要なのですね。ダイヤモンド量子センサーに話を絞ると、高感度化には何が重要になってきますか?
ダイヤモンド量子センサーで使用する量子ビットはNVセンターです。ダイヤモンド量子センサーの感度を向上させるためには、二つの方向性があります。一つはNVセンターの数を増やすことであり、もう一つはNVセンターのコヒーレンスタイムを長くすることです。高感度な量子センシング実現のためには、この両方を同時に向上させることが大事です。
ダイヤモンド中のNVセンターの密度には限界があるため、NVセンター数を増やすには、ダイヤモンドのサイズを大きくする必要があります。しかし、ダイヤモンドのサイズを大きくすると、量子制御は急激に難しくなります。従来の技術では、ある程度以上のサイズのダイヤモンドに対しては、ダイナミカルデカップリングを1回しか行えませんでした。そこで、マイクロ波回路やレーザー照射手法を改善することで、200回以上のダイナミカルデカップリングを実行できるようにしました。これにより、大きな体積のNVセンター集団でもコヒーレンスタイムを伸ばすことに成功し、感度の向上につながりました。
この技術により、ダイヤモンド量子センサーにおける世界第2位の交流信号の検出感度を達成しました。ちなみに第1位はドイツのチームで、「マジックダイヤモンド」と呼ばれる特殊なダイヤモンドを使用して世界トップの高感度を実現していることが分かりました。そのため「もう一度材料に立ち返って考えなければならない」と気付かされ、客員研究員として物質・材料研究機構のメンバーにも加わり、最も性能の良いダイヤモンドを作るための挑戦をしているところです。
――マジックダイヤモンドは、ドイツのチームが独自に生成したものですか?
実は違って、日本で作られたものがドイツチームの手に渡りました。マジックダイヤモンドは世界で最も性能の良い、いわば奇跡のダイヤモンド。かつて、日本のある企業が作製に成功したものなのですが、作り方が伝承されておらず、今となっては再現できない幻のダイヤモンドなのです。どのように作ったのかだけでなく、なぜ性能がいいのかもわかっていません。だから“マジック”と呼ばれているのだと思います。
――では、ドイツチームを超えるダイヤモンドができれば、世界第1位の高感度が実現できるというわけですね。
それを狙っています。そのためには、マジックダイヤモンドと通常のダイヤモンドとでは何が違うのかを明らかにすることが、非常に重要です。残念ながら、私たちはマジックダイヤモンドを持っていないため、先行研究を調査するなどして推測を頼りに試行錯誤していくしかありませんが、物質・材料研究機構のメンバーの努力もあり、着実にダイヤモンドの品質は向上しています。
私たちが達成した世界第2位の感度は、ドイツチームの感度と比べてまだ約4倍の差があります。ダイヤモンド材料の改善により、今よりも長いコヒーレンスタイムが実現できると期待しています。また、ダイヤモンド材料の改善のみに頼らず、先述のダイナミカルデカップリングを何回行えるか、測定時のノイズをどれだけ抑えられるかなども改善して、高感度化を狙っていきます。あくまで通過点としての目標ですが、これらの改善により、世界最高に近いセンサー感度を出せるのではないかと考えています。
——その先には、どのようなことを見据えているのでしょうか。
量子センシングを使った応用技術を確立したいと考えています。具体的には、磁性粒子の検出によって乳がん検診に役立つ技術などを模索しています。乳がんが発生すると、まずリンパ節に転移してしまうことが多いのですが、どのリンパ節が影響を受けているか、今の技術では高精度で診断できないそうなのです。
そこで、磁性粒子という鉄などを含む微細な粒子を体内に注射し、それがリンパ節に集まる様子を磁気センサーでより定量的に捉えられれば、どのリンパ節が最初に影響を受けているかを特定できるかもしれません。そのリンパ節を摘出することで、転移の有無を確認しやすくなるというわけです。この手法によって、がんの転移状況をより早期に確認することが可能になります。さらに、将来的には、磁性粒子の表面に化学修飾を行い、がんの検出だけでなく、治療にも役立つ可能性もあります。
また、ダイヤモンド量子センサーは、高温・高圧などの極限環境に強いという特徴もあるので、生体だけでなく、地下や海洋など極限環境での高感度センシングへの応用も模索しており、開発に取り組んでいます。
未来は変えられる。SF映画が導いた科学者への道
——研究者を志したきっかけを教えてください。
子どもの頃から、科学者への憧れがありました。キッカケはある映画でした。4歳のときに足を骨折し、修復がうまくいかず痛いうえに、夏だったのでギプスが蒸れて痒く、辛い日々を過ごしていました。その辛さを紛らわせてくれたのが映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズで、毎日のように見ました。これまでに百回以上は見た気がします。第三作目に登場する「未来は自分で切り開くものなんだよ」という最後のシーンに、今でも強く励まされています。主人公の一人が科学者なので、科学者というものに憧れを抱いたのです。
ただ、科学者を仕事とするような明確なビジョンがあったわけではありませんでした。「多くの人のためになることに自分の人生を使いたい」と考えており、中学生・高校生の頃は国連職員にも興味を持っていました。ところが、アメリカ同時多発テロ事件が発生し、その後も戦争や紛争が続いている現実に直面しました。その中で、国際政治に関与しても、自分がその状況を変えることは難しいと感じたのです。そう考える中で「技術を通じて少しでも何かを変えられるかもしれない」と思い、科学者に対する憧れもあったため、徐々に研究の道に入っていくことになりました。
——そこから量子の世界に興味を持ったのはなぜですか?
実は、もともと数学はあまり得意ではなく、高校物理にもあまり魅力を感じませんでした。しかし、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や相対性理論への憧れもあって、物理学科に進みました。転機となったのは、大学3年生のときに量子力学を本格的に学んだことです。トンネル効果や量子テレポーテーションなど、面白い現象や技術があることを知りました。これらはまるでSFのように見えて、私は量子の世界に強い興味を抱くようになりました。その後、量子力学に対する関心はさらに深まり、量子力学に関する実験をやりたいと思うようになりました。
修士課程では、冷却原子を用いた研究を行いました。冷却原子分野は、レーザーなどを用いて原子を絶対零度近くまで冷やし、量子性を活かした研究をする分野です。幸運なことに、量子ICTフォーラムの理事である平野琢也先生のグループが実験装置を移設する予定で、一から装置の組み立てを経験できることを知り、平野研究室へ所属しました。そこで、量子エレクトロニクス分野にも触れることができ、多くのことを学びました。
博士過程では、超伝導量子ビット素子を開発したことで知られる中村泰信先生が立ち上げた研究室に1期生として所属しました。そこで、私が現在行っているダイナミカルデカップリング技術の研究などにつながる様々な量子制御技術を学びました。博士課程卒業後の研究の方向性を考えた際に、応用に近い研究に興味があったため、量子センシングへとシフトしていきました。今後も量子センシングの分野での研究を通じて、科学技術の発展に少しでも貢献できればと思っています。
家族との時間を大切にしながら、新たな研究領域を開拓したい
——プライベートではどういう過ごし方をされていますか?
なるべく週に一日は休みを取るようにして、妻や子どもと一緒に過ごしています。サッカーやフリスビーなどのスポーツが好きなのですが、まだ子供が小さいので、しばらくは我慢ですね。家族で公園に行き、ブランコなどを楽しむことが多いです。また、ウクレレを弾くことも趣味の一つです。ウクレレは手軽に楽しめる楽器なので、子どももウクレレを触って喜んでいます。子供の今後の成長が楽しみです。
——ご家族との時間を大切にされているのですね。
はい。妻にはとても感謝しています。ワークライフバランスは大切ですが、一方で私は出張が多いことに加えて、良い成果を出すために研究の時間も確保しなければなりません。そんな私の状況を、共働きと子育てで妻も大変な中、彼女が理解し協力してくれるからこそ、私が研究活動を頑張れていると感じています。また、両家の親も、子どもの世話をしてくれるなど我々をとても助けてくれます。本当にありがたい気持ちで一杯です。ですから、家族と過ごす時間は、身近な応援を感じる、私にとって大切なひとときですね。
——最後に、今後の抱負をお聞かせください。
私の研究から、世界中の人の役に立つ技術が一つでも生まれたら良いなと思いながら、日々トライしています。基礎研究から応用研究まで全部やってみたいという気持ちがあるため、研究交流やコラボレーションの機会があれば、積極的に参加していきたいですね。今後も、様々な分野の新しい知識に触れ、新しい研究を模索していきます。研究のフロンティアに挑戦しながら、量子センシングの可能性を探求していきたいと思っています。