量子コンピュータ技術推進委員会若手インタビュー 多様な技術の融合で量子制御に挑む

東京大学総合文化研究科
先進科学研究機構 准教授
野口篤史

近年、量子コンピュータを取り巻く環境は大きく変化している。
最前線で研究を進める若手研究者は、今をどう見て、未来をいかに作り上げていくのか。日本で量子コンピュータ技術の研究開発において活躍する若手研究者の声から、今必要な視点を届けていく。

第一回を飾るのは、東京大学総合文化研究科先進科学研究機構准教授の野口篤史(のぐち・あつし)氏だ。野口氏は、これまで多様な量子ハイブリッド系の実験で独創的な成果を上げ、日本を代表する若手研究者としても国内外から高く評価されている。さらに、量子技術教育においても先陣を切り、量子人材育成プロジェクト(文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラムQ-LEAP)を代表研究者として進めている。彼が持つ様々な量子状態制御技術をベースに、今後どのような研究開発を目指すのか、そして量子技術を取り巻く人材育成について、どう見ているのかについてインタビューした。

(聞き手:藤村 玲香、構成・写真:馬本 寛子)

野口篤史(のぐち・あつし)
東京大学総合文化研究科先進科学研究機構 准教授

理化学研究所創発物性科学研究センターハイブリッド量子回路研究チーム チームリーダー
大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻で2013年に博士号を取得。
超伝導量子回路とイオントラップの技術を軸に、両者を結ぶハイブリット量子系の実現と量子技術の開発を行う。2019年より、東京大学先進科学研究機構にて、研究室を立ち上げる。2020年より、理化学研究所のチームリーダーに就任。また、2020年から2030年までにわたるInaRISフェロー(稲盛財団)に採択され、「誤り耐性量子計算のための超高精度量子制御」の研究に携わる。

――野口先生は「超高精度量子制御と量子誤り訂正1」を研究テーマとされています。

量子技術の複合化を目指し、多岐に渡る量子ハードウェアの研究開発を行っています。超伝導量子回路・電子トラップ・イオントラップを扱っており、「超伝導2マイクロ波回路を用いたイオントラップ3開発」「新規超伝導量子ビットによるボソニック符号」「トラップ電子による究極の量子系」の3つの研究課題から構成されます。

それぞれの研究の概要について話します。

「超伝導マイクロ波回路を用いたイオントラップ開発」では、超伝導量子ビットの技術を拡張し、超伝導共振器を用いることで、トラップ電場と制御磁場をともに印加し低パワーで駆動するようなイオントラップを開発しようとしています。現在、立ち上げ準備中です。超伝導回路は完成し、動作している状況です。

「新規超伝導量子ビットによるボソニック符号の研究」では、ハイブリッド量子系の実現のために開発した人工輻射圧4の技術を超伝導量子ビット系に逆輸入し、 Cubic transmonという量子ビットを新たに開発しています。この量子ビットは、周波数の異なる量子ビットの間に高速な2量子ゲートを行うことができるという特徴があり、従来のTransmon5を用いたアーキテクチャの欠点のいくつかを克服するものだと考えています。しかし、コヒーレンス時間が短いという欠点があるため、この問題を克服するために、より発展した超伝導回路を開発しています。現在、測定・制御は東京大学先端科学技術研究センターの中村泰信研究室の設備を使っています。

「トラップ電子による究極の量子系の実現」について。この研究では、電子を極低温でイオントラップの技術を用いて真空中に捕獲し、その量子状態を超伝導量子回路によって制御します。もし、実現すれば、その系は超伝導・イオン双方の量子系の長所を兼ねそろえるような特徴を持つ量子系になるでしょう。しかし、極低温の真空中で電子を捕まえること自体、まだ誰も達成していないので、そこから始めねばなりません。今は、極低温下での電子の捕獲技術と超伝導回路による読み出し技術の開発を進めています。

これらに加え、野口研究室では、量子情報通信ネットワークを作るための基礎研究も行っています。

イオントラップの衝撃

――どのような経緯で今の研究にたどり着いたのでしょうか。

学部から大学院まで東京工業大学で研究し、博士過程から大阪大学へ移りました。そこで、イオントラップに触れることになったのですが、ここでの経験が大きな転機となりました。

イオントラップは真空中に原子が浮いていて、きれいに光ります。この光を見たときに、衝撃を受けたのです。1個の原子が目の前にあり、その原子が量子的に制御されていたことへの感動は今でも忘れられません。このイオントラップに魅かれて、研究者の道を歩むことにしました。大阪大学にいた3年間で、『カルシウムイオンの量子断熱制御』『量子トンネル回転子の実現』の研究に携わった後、東京大学に移りました。

2014年から2018年まで、東京大学の先端科学技術研究センターにて、『マイクロ波オプトメカニクス』『超伝導量子回路・ハイブリッド量子系』『超伝導量子ビット』など超伝導を中心とした研究に取り組み、しばらくイオントラップからは離れていました。2019年から野口研究室を創設し、現在の研究に取り組んでいます。

個人的な気持ちとしては、イオントラップに戻りつつ、これまで超伝導でやっていたことも続けていきたいと考えているので、超伝導とイオントラップを融合させたような研究ができるよう、準備を進めているところです。

これまで、レーザー冷却され真空中にトラップされたイオンのような原子スケールの量子系から、超伝導回路の上で実現する量子ビット素子など多様な物理系の実験に取り組んできました。ラジオ波・マイクロ波、赤外光・可視光など幅広い周波数・エネルギースケールにわたる量子制御技術を使ってきたので、それらを活かしていければと思います。

制御された対象を作ることを目指し、研究をしています。この宇宙は量子力学によってできているので、量子力学という方法のもとで何かを完全に制御するということは、この宇宙そのものを制御することでもあるのです。量子コンピュータの開発にも、もちろん関心はありますが、量子コンピュータで計算できることよりも、根本的な物理法則とも言われる量子力学を使って、パーフェクトに制御された対象を作りたいと思っています。

(実験器具の一部。電子を操作するための電磁場をコイルで作ったもの。)

研究室には「技術の多様性」が必要

――超伝導量子ビットとイオントラップは全く異なる量子ビットなので、相互作用をさせるのは難しそうです。

まさに、そうです。宙に浮いた電子をマイクロ波で制御した電子トラップを開発するという研究にたどり着いたのも、イオントラップと超伝導量子回路の2つの系を融合することは難しいが、実現したいという思想から生まれています。

量子ビットの寿命と操作時間の比をとり、制御回数(精度)に換算してみると、これまで実現している値では超伝導量子回路で103回、イオントラップで104回の制御になります。超伝導回路では量子ビットの寿命が短く、イオントラップでは操作時間が長いので、このような回数になります。まだ実現しておりませんが、電子トラップは対応する研究からの外挿や数値計算によって、108回ほどと計算できます。少々楽観的な値ではありますが、理論的には既存の系からは桁外れにいいものができそうなのです。この数字が実現すれば、量子誤り訂正も簡単になる可能性があります。

制御精度と誤り訂正の関係について一例を出すと、現在は10-3程度のエラーを持つ量子制御により、非常に複雑で難しいエラー推定を古典計算で行い、それをフィードバックすることによって量子誤り訂正を行うアーキテクチャが考えられています。電子トラップがうまくいけば、エラーとして10-8ほどの超高精度な制御が実現し、そのままでも究極的な精度が実現するのに加え、エラーが少ないために量子誤り訂正にかかる労力も大幅に減ります。

――なるほど、電子トラップは素晴らしい手法なのですね。ちなみに、電子の制御自体も難しいと思うのですが、どのような方法で制御するのでしょうか。

低温で超伝導量子回路を使って、電子を量子制御する方法を考えています。超伝導・電子・レーザーなど複数の技術を使わねば実現が難しく、難易度は高いです。電子トラップに関する先行研究では、近年実際にイオントラップの研究をしているチームが電子を室温で捕まえた研究を発表しています。ただ、低温・超伝導で量子制御というところまではまだ達成されていないので、この領域で頑張っていきたいと思っています。まずは、低温で電子を捕まえて、その性能をこの目で見てみたいです。

――複合系の研究開発を加速させるためには、今後どのようなコラボレーションが必要でしょうか。

研究グループ間でのコラボレーションが足りないとも言えますが、組織としてのコラボレーションよりも1つのチームの中で「複数の技術を扱える環境」をつくる必要性を感じています。チーム内で全ての技術を持っていたほうが、技術同士の寄り合いがつけやすく、組み合わせがスムーズにいくと考えているからです。

量子ハードウェア研究の加速において、ものを作る人たちが圧倒的に不足しています。私たちもこれから技術者を雇用し、しっかりとした技術のベースを作っていかなければならないと感じています。しかし知人から、研究室の技術職員の公募をだしてもほとんど応募がこない状況であると聞いています。

欧米諸国と比較したとき、研究者が少ないのはさることながら、技術者の数も圧倒的に足りていません。足りていない要因として、技術職員の雇用体制や賃金に関する課題なども山積している現状についても考えねばなりませんが、量子に関するものを作る楽しさが十分に伝わっていないとも感じています。これまで半導体の技術などに関わっていた人たちなどを巻き込んで、彼らが量子に携われるような方法を模索したいです。

今、量子技術教育に力を入れる理由

――野口先生は、人材育成にも注力されています。現在の量子技術人材について、どう見られていますか。

主要国と比較して、量子技術に携わる研究者の層が薄いという危機感を持っています。

2014年にJohn Martinis(ジョン・マルティニス)がGoogleに移籍してから、米国の研究動向は急激に変化しました。現在までの業績をなし得たのは、6年前の米国ではすでに、量子技術の研究をとりまく人材の層が厚かったからです。今年開催されたAPS6 March Meeting 2020のプログラムでは、全1000セッションのうち100セッション近くは量子技術でした。この数字からも、米国では量子技術に携わる人の数が多く、期待されていることがわかります。

しかし、現在の日本の物理系の研究者のうち、量子技術に携わる研究者は非常に少ないです。米国と比較することが正しいかはわかりませんが、このような状況を見て、「なんとか量子技術人材を育てねば」と強く思いました。

量子技術は、自然界における最も根本的な物理法則である量子力学が元となるものです。今後も量子コンピュータの開発に貢献するだけでなく、他の研究の基盤技術にもなりうるとも考えています。例えば、量子計測・センシングなどの技術を使って他のものを測る実験などが、今後10〜20年でも現れるのではないでしょうか。そうしたとき、基盤技術を使える人が少なければ、他分野の研究にも支障が出てしまう。だからこそ今、量子技術全体に携わる人を増やし、技術を使える人を育成せねばならないと思っています。

――光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q―LEAP)人材育成プログラムにおいても、野口先生の案が採択されています。どのような点を重視したプログラムになっているのでしょうか。

「量子技術教育のためのオンラインコース・サマースクール開発プログラム」が採択されたので、技術系の若手研究者を10名ほど集めて、プログラムの構想や内容を作っています。日本は量子技術に携わる研究者の数自体、多くはありませんが、カバーしている技術は幅広いです。この特徴を強みにできるプログラムを考えています。

加えて、「論文を読めるようになること」も、Q-LEAPの教育テーマのひとつです。「読める」というのは、論文のロジックを追うだけでなく、論じていることの新規性や特異性、もしくは普遍性などをはっきりと理解し、その論文の価値を理解できるようになるという意味です。専門分野外の論文の理解は、研究者でも難しいです。それぞれの専門分野を持ったプログラム参加者同士で、論文の意味を認識させ合う機会を設けることで、各分野の得意・不得意を認識しつつ、分野間の交流も促進できるのではないかと期待しています。

「量子誤り訂正」にどう挑むか

――最後に、野口先生の考える量子技術の将来について、教えてください。

そうですね…やっぱり、「量子誤り訂正」は今後の重要なキーワードだと思います。パラダイムシフトがおこるのは、量子誤り訂正ができるか、できないかという部分でしょう。

今は、10-3程の精度しかない状態で、エラーを直せるかどうかというところで戦っているわけです。ここでの戦いは無理がありますし、苦しい状態ですよね。既存の制限しているものから解放され、桁違いによくなるような系ができれば、研究もより先に進むでしょう。

個人的な意見としては、物理的に何桁もよくなる系が生まれなければ、誤り訂正を超えられないとも思っています。なので、私自身も今の研究を頑張り、大きな進歩に何らか繋げられればと思っています。

(聞き手:藤村 玲香、構成・写真:馬本 寛子)

聞き手

藤村 玲香

藤村 玲香(ふじむら・れいか)

東京大学 工学系研究科物理工学専攻に所属。現在、「時間反転対称性の破れたトポロジカル絶縁体薄膜ヘテロ構造におけるトポロジカル物性誘起」の研究に取り組む。

コメント

量子コンピュータの発展のためには、ハードウェア面での課題解決に向けた大規模な取り組みが必要です。専門性が高い分野ですが、様々な研究について学んでいきたいと思っています。

  1. 量子誤り訂正:量子計算機上でエラー訂正を行うこと。現実的な状況で動作する計算機を構成するデバイスは絶えず外部からのノイズにさらされており、様々な理由で100%正確に動作することはなく有限の確率でエラーを起こしてしまう。量子ビットにある程度のエラーが起きても、元の状態を復元できるようにするのがエラー訂正である。
  2. 超伝導:特定の物質をごく低温まで冷やしたときに抵抗がなくなり電流が流れ続ける現象。
  3. イオントラップ:電場・磁場などを用い、イオンを空間のある領域内に捕獲(トラップ)する装置
  4. 輻射圧:電磁放射を受ける物体の表面に働く圧力。放射圧ともいう。
  5. Transmon(トランズモン):超伝導で用いられる量子ビットのひとつ。2007年にイェール大学で考案され、現時点(2020)で最もコヒーレンス時間が長い超伝導量子ビットとされている。
  6. APS:アメリカ物理学会が毎年3月に開催する物理学分野最大の会議