松尾 貞茂(まつお・さだしげ)
理化学研究所 創発物性科学研究センター 基礎科学研究員
科学技術振興機構 さきがけ研究員
2014年京都大学大学院理学研究科化学専攻にて博士(理学)を取得。ディラック電子系の実験研究、超伝導体の接合における輸送現象とマヨラナ粒子の実験研究に取り組む。また、さきがけにて「並列二重ナノ細線と超伝導体の接合を用いた無磁場でのマヨラナ粒子の実現」に携わる。
理化学研究所 創発物性科学研究センター
基礎科学研究員 松尾 貞茂
―近年、量子コンピュータを取り巻く環境は大きく変化している。
最前線で研究を進める研究者は、今の世界をどう見て、未来をどう作り上げていくのか。本連載では、日本で量子コンピュータ技術の研究開発において活躍する若手研究者の声から、量子コンピュータにまつわる様々な視点を届けていく。
第四回は理化学研究所にて、トポロジカル量子コンピュータに向けたマヨラナ粒子探索に関する研究を行う、松尾貞茂(まつお・さだしげ)氏だ。松尾氏のこれまでや現在取り組む研究、そして今後の展望についてインタビューした。
(聞き手:藤村 怜香、構成・写真:馬本 寛子)
松尾 貞茂(まつお・さだしげ)
理化学研究所 創発物性科学研究センター 基礎科学研究員
科学技術振興機構 さきがけ研究員
2014年京都大学大学院理学研究科化学専攻にて博士(理学)を取得。ディラック電子系の実験研究、超伝導体の接合における輸送現象とマヨラナ粒子の実験研究に取り組む。また、さきがけにて「並列二重ナノ細線と超伝導体の接合を用いた無磁場でのマヨラナ粒子の実現」に携わる。
元々、有機化学への関心が強かったので、自分が物理の研究者になるとはつゆも思わず(笑)。有機化学の反応式では矢印を使って電子が動く状態を表すのですが、大学1年の有機化学のゼミで、その反応式を書いていたところ、「電子の動きそのもの」を実際に見てみたいと思い立ちまして。そのことを先生に相談したところ、物理を勧められ、これをきっかけに物理に興味を持ち始めました。
物質の構造が変わると物性も変わるという点がものすごく好きで。そうした興味から原子の構造が見える走査型トンネル顕微鏡(STM)1を使った実験に携わりたく、大学院は東京大学理学部に進み、STMを使った実験をすることにしました。修士課程での研究では、グラフェン2に関するテーマを扱っています。
この際、STMを使う前段階として、グラフェンの上に超伝導体3を付けて電子輸送の測定をする必要がありました。そのため電子輸送の技術を勉強し、実験を進めていましたが、実験に打ち込むうちにグラフェンの制御が楽しくなってきて。
そこから、電子輸送をより深めたくなったのです。それから多方に相談した結果、博士課程から再び京都大学に戻ることにしました。博士後期課程では、トポロジカル絶縁体の薄膜を細線に加工して、電子の干渉効果を観察する実験を行うかたわら、グラフェンの実験なども引き続き行なっていました。
博士課程で研究に没頭する日々に研究の楽しさを感じていたこともあり、博士以降もアカデミック側で研究を続けたいと思うようになりました。卒業後は、東京大学の樽茶研究室にご縁があり、助教として採用していただくことになりました。そして、2014年頃からマヨナラ粒子やトポロジカル量子コンピュータに関する研究テーマに参画し、今に至ります。
マヨラナ粒子は、1937年にエットーレ・マヨラナが理論を提唱し、以来探索が続けられています。粒子そのものが反粒子としても振る舞う特性を持ち、電気的には中性です。また、ふたつのマヨラナ粒子を入れ替えると、元の状態と異なる状態に変化するという特殊な性質を持っており、そうした性質を応用することで、トポロジカル量子コンピュータ4を実現できると考えられています。
マヨラナ粒子の探索をめぐる動向についてですが、2012年に半導体ナノ細線と超伝導体の接合を利用してマヨラナ粒子の発現を観察したとする実験を皮切りに、トポロジカル量子コンピュータに応用できるようなマヨラナ粒子を発現させる系の探索に向けて世界の各機関が試行錯誤しながら研究を進めています。マイクロソフトもトポロジカル量子コンピュータに注目しており、デルフト工科大学、コペンハーゲン大学などと連携してナノ細線と超伝導体の接合を使った実験を行っています。
様々な研究機関が研究に取り組む中で、実験的な兆候は見られていますが、「マヨラナ粒子が見つかった」と世間に認められるためには、多くの研究者が納得するようなことを今後実証していかなければならないという状況です。
トポロジカル量子コンピュータを実現するには、ブレイディングという操作が不可欠です。複数のマヨラナ粒子が2次元空間を動くことで、それぞれのマヨラナ粒子が辿る経路が編み込まれるようにして結び目を持つような状態を「量子組みひも」と呼び、この量子組みひもを使うことで、量子状態を制御することができます。このブレイディングによる量子状態の制御が達成できれば、マヨラナ粒子の実在が多くの研究者に認められるのではないでしょうか。
何にせよ、まずはブレイディングを実装することが可能な“良い”実験舞台を準備するところから研究を進めていかねばならないという状況です。
半導体ナノ細線の超伝導接合に関する研究を行っています。私たちの研究の特徴は、単一のナノ細線ではなく並列に並べた2本の半導体ナノ細線上に超伝導体を接合したデバイスを用いて、磁場をかけずにマヨラナ粒子を発現させることを目指しているところです。
単一のナノ細線と超伝導体を接合したデバイスに磁場をかけるとマヨラナ粒子が発現するという理論提案が注目を集め、先ほども話したようにデルフト工科大学をはじめ、様々な研究機関が関連する実験を行い、実験的にも発現の兆候が見られています。ですが、磁場と超伝導は相性が良くないという問題点もあります。磁場をかけることで、超伝導性の品質が悪くなり、それによりマヨラナ粒子で構成する量子状態が不安定になったり、ブレイディングにも悪影響を及ぼす可能性が懸念されているのです。
その解決策を探るため、この実験に取り組むことにしました。実験の概要としては、2本のナノ細線を用いた構造において、超伝導体中のクーパー対5が異なる細線に分離する状態(クーパー対分離)が支配的になると、無磁場でもマヨラナ粒子を実現できるという理論があり、この理論提案の実験的な証明をしているところです。
しかし、二重ナノ細線のデバイスの作成技術やその輸送測定に関する実験研究の報告がこれまでなかったので、マヨラナ粒子の検出実験を行う前に、まずは二重ナノ細線と超伝導体の接合デバイスの作成技術の開発とその基礎物性の解明から取り組みました。
現時点までの成果として、二重ナノ細線と超伝導体の接合手法の確立、ナノ細線中にできた量子ドットを介したクーパー対分離、弾道的な電子輸送領域での二重ナノ細線でのクーパー対分離の実証(図1)などに成功しています。
色々とありますが、最も大きな課題はマヨラナ粒子の兆候がまだ見えていないことです。日々、試行錯誤しているものの、なかなか見つからない状態です。フェルミエネルギー6制御が一因だと考えています。ものすごく精密な制御が必要なので、難しいのです。この問題は、単一のナノ細線に関しても、同様に課題とされています。近年ではこの課題の克服のために、ジョセフソン接合7を用いた新しいマヨラナ粒子の実現手法が提案されたりしています。
「マヨラナ粒子の制御」という文脈では、半導体を使った系が最も有力だと思います。なぜなら、半導体自身の制御性が高いからです。ゲート電圧により、電気伝導度を0から有限にすることもできますし、それを高速で実行できるというのも非常に大きな利点です。
また、半導体を使った系においては、スピンを使った量子コンピューティング技術も比較的発展しているので、技術的な移転が起こる可能性があるとも考えられます。
しかし、単一のナノ細線を利用したマヨラナ粒子の発現、トポロジカル量子計算が今後発展するかという点においては、懐疑的です。近年、単一のナノ細線で見られているマヨラナ粒子の実験的兆候の結果自体、マヨラナ粒子ではなく他の起源によるものではないかという議論がなされている状況です。そうした背景からも、新しい系の選定が今後の発展の鍵を握るのではないかと思っています。
様々な系の中から有望なものが見つかれば、ブレーディングまで研究が進む可能性もあるでしょう。この点については「まだわからない」というのが、正直な所感です。ただ、新たな系の発見から研究が一気に進む可能性もあるので、物性のバックグラウンドがある研究者としても、頑張りがいのある領域だと思っています。
マヨラナ粒子の探索においては、理論的にはある程度組み上がっている一方で、実験的にはまだまだ新しい発見に携われる余地があります。先が見えているようで、見えていないような…そんな感覚ですかね(笑)。個人的には、基礎研究をやることの価値を実感できる分野だと思い、面白みを感じています。
材料系の技術を持った方々と一緒に研究を進めることができれば、より面白くなるのでは、と思っています。「半導体と超伝導体を接合したデバイスを使っている」とひとことに言っていますが、超伝導体を作ることも、接合することも、専門的な技術が必要です。現在は、高品質の超伝導接合を用いるためにカリフォルニアの大学に依頼し、半導体の上に超伝導体をエピタキシャルに成膜してもらっています。
私たちは物質の構造を考えて微細加工し、それらを測定することを得意としていますが、理想的な実験舞台を実現するための材料技術は持ち合わせていません。そのため、どうしても外部に頼らねばならない部分があります。また、デバイスが超伝導体の接合でもあるので、超伝導量子ビットの技術を持った研究者の方と将来的に一緒に研究できればおもしろいのかもしれません。
コロナの影響もあって、海外とのコラボレーションではうまく行かない時もあります。国内で半導体の成膜を行える技術者や材料系の技術を持った方々と一緒に実験を進めることができれば、密なコミュニケーションをとれるという意味でも、研究をより発展させられるのではと思います。やはり、異分野の方の意見を聞くことで、自分には見えなかった視点に気づくこともあるので、異なる技術を持つ人と一緒に実験できるとより良くなると思います。
(聞き手:藤村 怜香、構成・写真:馬本 寛子)
藤村 玲香(ふじむら・れいか)
東京大学 工学系研究科物理工学専攻に所属。現在、「時間反転対称性の破れたトポロジカル絶縁体薄膜ヘテロ構造におけるトポロジカル物性誘起」の研究に取り組む。
コメント
量子コンピュータの発展のためには、ハードウェア面での課題解決に向けた大規模な取り組みが必要です。専門性が高い分野ですが、様々な研究について学んでいきたいと思っています。