量子コンピュータ技術推進委員会若手インタビュー より高速かつ高精度な超伝導量子コンピュータの実用化に挑戦

理化学研究所量子コンピュータ研究センター 特別研究員(2022年9月取材当時)
現在、IBM Thomas J. Watson Research Center勤務
部谷 謙太郎

―近年、量子コンピュータを取り巻く環境は大きく変化している。

最前線で研究を進める研究者は、今の世界をどう見て、未来をどう作り上げていくのか。本連載では、日本で量子コンピュータ技術の研究開発において活躍する若手研究者の声から、量子コンピュータにまつわる様々な視点を届けていく。

2021年、理化学研究所が量子コンピュータ研究センターを開設した。超伝導量子ビットを世界で初めて生み出した中村泰信センター長を筆頭に、ハードウェア研究のみならず、量子計算理論や量子アルゴリズムなどのソフトウェア研究も推進。量子コンピュータ分野を広く網羅する、国内最大規模の研究開発拠点だ。今回お話を伺った特別研究員(2022年9月取材当時)の部谷謙太郎さんは、超伝導量子コンピュータにおける制御品質の向上に向けた研究に取り組む。実用的な超伝導量子コンピュータの実現を目指し、超伝導量子演算回路の設計・制御・評価技術の発展に大きく貢献している。

(取材:加藤俊 / 構成・撮影:小泉真治)

複雑な法則がシンプルな数式で解き明かされるのが面白かった

——量子の世界と出会ったきっかけを教えてください。

高校で学習する物理に興味を持ったのが始まりです。あらゆる自然現象はとても複雑に見えますが、非常にシンプルかつ単純な数式を解いていけば法則が見つかります。

コンピュータゲームに例えると、主人公のキャラクターが飛んだり跳ねたりする仕組みは、一見とても複雑そうです。しかし、実際にはシンプルな数の法則をプログラミングしてあるのみで、それを動かすことでキャラクターが動いて見えています。

同様に、現実世界でもプログラミングを解読すると、数少ない法則にたどり着き、どのようにして物が動いているのか理解できます。いわば、数少ないルールで森羅万象を解き明かせるような感覚が面白くて、物理学に興味を持ったというわけです。

予備校で出会った物理の講師の影響もあるかもしれません。例えば雑談をしている最中に、F=maという運動方程式について「aは加速度だが、空間座標の二階微分方程式で書き表した方が分かりやすいんだ」と、おっしゃって。話が進むうちに、どんどん一般的な数式に展開されていくんです。それがとても面白く感じました。

その講師は、量子力学関連の博士課程に進んでいる方だったため、ヒルベルト空間やシュレディンガー方程式などの話もよくしてくださいました。そうした言葉の響きも、なんだか格好よく思えたのかもしれませんね(笑)。

——広大な研究分野の中から、量子情報工学に焦点を当てたのはなぜですか?

先ほどゲームの例を出したことでお分かりかもしれませんが、私はゲームが好きで、中でも得意なのはブレイブルーシリーズやギルティギアシリーズなどの格闘ゲームです。格闘ゲームの本質は、相手よりも優位に立つために、いかにシステムを活用するかにあると思っています。量子力学や古典力学の物理法則も、うまく活用すれば、もっと面白い世界が待っているはずです。世の中にはあらゆる物理法則があり、その上でエミュレートされた物理の世界を構築できるというのは、ゲームにかなり近いものを感じました。

また、大阪大学の藤井先生は、こんなことをおっしゃっていました。「量子コンピュータの進化は、自然の物理法則を支配した箱庭を人工的に作っているようなものだ」と。量子情報や量子コンピュータがそこまで制御できるものになっていたら、きっと面白いことができるに違いありません。自分もその分野に携わりたいという強い思いがあり、量子情報工学の分野に進みました。

両面的な研究で量子コンピュータの制御品質の向上につなげる

——研究内容について教えてください。

大学では量子ドットの研究を行い、修士課程と博士課程では超伝導量子コンピュータ開発における集積化の研究に携わりました。

集積化というと、多くの量子ビットやデバイスを並べることだと思われがちです。しかし実際には、集積化することで周囲にたくさんの量子ビットがある環境の中でも、きちんと制御できなくてはなりません。そこで、より堅牢であり、高速であり、高精度のゲートを作ろうという研究です。

主な研究テーマは二つあり、一つは量子コンピュータの制御を高度化する研究です。もう少し具体的にいうと、従来の量子コンピュータで行われる量子ビット同士をエンタングルメントさせる量子操作を、多モード制御という方法を使って、より高速に実行する方法論の提案と実験ですね。

従来、超伝導量子ビット間のもつれゲートでは、交差共鳴と呼ばれる手法が用いられてきました。交差共鳴は、照射する駆動マイクロ波の強度を上げると、それだけゲートの高速化が可能になるという性質があります。一方、駆動マイクロ波の強度を上げすぎると、量子ビットに含まれる量子状態が壊れてしまう性質もあります。つまり、駆動マイクロ波をどれくらい照射できるかによって、速度限界が決まります。

そこで、量子ビットを個別に駆動できるパワーの限界が決まっているのであれば、2つのマイクロ波を同時に照射して強度を分割すれば、高速なゲートが可能になるのではないかと考えたんです。これは実機実験でも実証できました。

——もう一つはどういった研究でしょうか?

そうした超伝導量子ビットが集積化された量子コンピュータ上で、なにか面白いデモンストレーションはできないかと考え、化学分子の時間発展をシミュレーションする方法を実験しました。SSVQE(Subspace- search variational quantum eigensolver、部分空間探索変分量子固有値ソルバー)を応用したアルゴリズムをつくり、新しい手法で時間発展をシミュレーションしたわけです。

量子コンピュータを使った時間発展のシミュレーション方法は、従来からいくつか知られていますが、いずれもよりたくさん量子ゲートが詰まった大きな量子回路が必要です。しかし、現在の量子コンピュータでは、実行可能な量子回路長に制約があるため、浅い量子回路でもうまく性能を引き出せる手法が求められます。この研究では、回路を深くせずとも時間発展のシミュレーションが進められる状況を作ることができました。

こうした小中規模量子コンピュータでも実行可能なアルゴリズムの応用先を探す目的で、2019年度のIPA未踏ターゲット事業に応募したところ採択していただき、「制御時間発展演算子を用いた時間依存遷移子強度の効率的推定」「部分空間プロセス忠実度を用いた量子最適制御」といった開発も行いました。

これらの手法は、化学的に重要なシミュレーションなどに応用できるほか、実社会のさまざまな課題への適用も期待できます。

世界初の実用的な超伝導量子コンピュータを生み出したい

——過去に行ってきた研究が、現在に生かされていると感じることはありますか?

量子のソフトウェアに関する研究と同時に、制御やミドルウェアといったデバイスに紐づく実地的な研究を体験したことで、その2つの間でのさまざまな対応関係を学べました。例えば「量子情報理論的な観点からすると、マイクロ波はこういうふうにすべきだ」といったことに対して、「マイクロ波がこういう状況なら、量子情報工学的にはこういうものになっているはずだ」というような対応関係です。私は制御レイヤーのより上の領域に注力していますが、対応関係が見えてきたおかげで、以前よりはずいぶんよく理解できるようになったと思います。

——プライベートについてもお聞きします。休日はどう過ごされていますか?

旅行に出かけることが多いですね。ここ数年、旅した中では、クロアチアのドブロブニクが強く印象に残っています。アドリア海に面した港町で、城壁に囲まれた市街が海に向かって突き出すように構えているんです。とても美しい景色に圧倒されました。

これから訪れてみたいのは、アメリカのイエローストーン国立公園です。以前見て面白かった映画『2012』の舞台の一つとして登場する場所で、実際にはどういう場所なのか、肌で感じてみたいんです。

——研究の先に目指す目標、ゴールを教えてください。

現在、光方式やイオン方式、ダイヤモンド方式や超伝導方式など、さまざまな量子コンピュータの研究開発が進められており、そのうちのどれが最終的な量子コンピュータに至るかは、まだ誰にも分かりません。ただ、これまで超伝導量子コンピュータの研究に携わってきて、個人的には超伝導量子コンピュータが非常に素晴らしいデバイスだと思っています。ですので、超伝導量子コンピュータが最初の実用的な量子コンピュータとなるような手助けがしたいですね。

——今後はどういった研究に力を入れたいとお考えでしょうか。

今後は、制御とハードの間の分野をより掘り下げて研究したいですね。制御とハードをより総括的に開発できるような研究を進めていきたいと思っています。

それと同時に、超伝導以外の分野へのリスペクトを忘れず、各分野でどういう取り組みがされているのか、どういう技術があるのかなどにも目を向け、積極的に取り入れられるように、他分野の方々とのコラボレーションにも力を入れたいと考えています。